「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
ちゃぷ…
布団を被り、荒い息でうなされる少女の額に、少年は水で冷やしたタオルを乗せた。 「う…はあ」 少女−鈴に、囁きかけるように、陸丸は言った。 (やっぱり…凍ってる) 手にしたタオルは、鈴の額の形を模ったまま、固まっている。 「どうすればいいのか、分からないんだもんな…」 またも、鈴の額が熱を発し始める。陸丸はまた軽く息を吐くと、桶でタオルを濡らし、額にそれをかける。 (取り替えてくるか) 鈴を一瞥すると、陸丸は桶を持って部屋を出た。
こちらへ来なさい…
「…?」 うなされていた鈴が、うっすらと目を開いた。 (何…今の声) 頭の中に、直接声が響いたような、そんな感じだ。
こちらへ来なさい…
まただ。 (うるさいわね…!ただでさえ頭が痛いのに…!)
こちらへ来なさい…
(行けば良いんでしょ、行けば!分かったからもう喋らないで!!) 不思議と、この声の発信源を特定できる。 「望み通り、来てやったわよ…!さっさと用件を言いなさい…!!」 叫んだつもりだったが、口から出た言葉はあまりに小さかった。 (これで、罠か何かだったら、どうしよう) 頭がぼうっとしていたから、罠、という可能性を考えずにここまで来てしまった。 「!!」 どうやら、その最悪の事態に陥ってしまったらしい。
ドゥン!!
直後、火球が鈴の足元で炸裂した。 「きゃあ!」 続いて、いくつもの力の収束を感じた。 「水壁の符…!」 符が光を放ち、水のヴェールがすっぽりと鈴を覆う。 「う…く」 突然、鈴の体が火照り始める。足元がふらつき、膝をついてしまう。 「今度は水…!」 体が鉛のように重く、回避行動を起こせないと踏むと、鈴は新たな符を先程と同じように自らの周囲に巻く。 「火壁の符!」 今度は炎の壁が鈴の周囲を多い、敵の水弾を蒸発させていく。 「敵は…2人?」 新たな符を取り出しながら、疑問が口から出る鈴。 (まぁ、あたしみたいな特別な例もあるけどね) 符に精神を集中させ、片手で印を組む。 「水龍の符!!」 符を翳すと、そこから水の龍が飛び出した。 「好き放題やって…ただで済むと思わないでよね!」 龍はその口を大きく開け、人影を飲み込もうとした。 「!?相殺された…!?」 恐らくは火のマイト使いだったのだろう。ほぼ同等の火のマイトに接触した水の龍は、対消滅を起こしたのだ。 「なら、これでどう!?」 更に符を取り出し、片手で印をきる。 「火龍の符!!」 同じ火のマイト同士ならば、単純に力の強いほうが押し切れる。 「いけええええ!!」 火龍は先程の人影に向かっていく。 「!!」 次の瞬間、鈴の中の何かが『危険だ』と警鐘を鳴らした。 (炎と…水の合成!?ヤバイ!) 人影の方から、炎と水の混ざり合う気配を感じ取る鈴。 (かわせない…!でも、あれを相殺するには…!) 瞬間、拳火と水衣の顔が、頭をよぎった。 (あーもう!!なるようになれ!!) 観念すると、符を2枚取り出し、空へと放り投げる。 「紫龍の符!!」 符から赤と青の龍が飛び出し、螺旋を描きながら徐々に徐々にその体を重ねていく。 「きゃあああああああああああああああああ!!」 爆風に耐え切れず、鈴は吹き飛ばされる。 「う…っく」 上体を起こし、起き上がる鈴。 「に、にんじゃ!?」 目の前に降り立った人影は、忍装束を纏った少女だった。
チュッ
鈴は顎を引き寄せられ、そのまま口づけされてしまう。
コクリ
「!?」 そして口移しで何かを飲まされ、そのまま飲み下してしまった。 「ふぅ」 赤面しながら、目の前の忍装束の少女に怒鳴り散らす鈴。 「あら、あなたのマイトの暴走を静めてあげたんじゃない。まだ、つらい?」 少女に言われ、体の状態をチェックする。 「な、なんで…?!」 少女はクスクスと笑う。嘘がバレバレである。 「あなた…なんで私を?」 助けてくれたの?とは口にしなかった。なんとなく、悔しかったからだ。 (あれ…?) 突然、強烈な眠気が鈴を襲った。 (さっき、飲まされた…?) 膝を折り、倒れる鈴を、少女は抱きとめる。 「火と水…対を成す属性を内包する、少女…か」 少女は、鈴をそのまま優しく地面へと横たえる。 「暴れまわる力を制御するための符術というわけか。…まだ、コントロールしきれてないのね」 鈴の中に存在する火と水のマイトが、お互いに干渉し、鈴の体の中で暴走していたのだ。 (それにしても…) 本来ならば、ありえない体質。 「私と同じ…いえ、少し違うわね」 自嘲気味な笑みを浮かべる少女。 (それにしても、よくよくありえない体質に縁があるわ) この、人外の耳と尻尾を有する少女。自分。その身にマイトを持たないエリス=ベル。 「!」 森の中に進入してくる何者かの気配を感じ、少女は跳躍し、枝から枝へと飛び移り、その場を後にした。 「…!居た!!」 草を掻き分け、鈴に駆け寄ったのは、陸丸だった。 「くー…すー」 健やかに眠っているらしい。 「全く…!なんで具合悪いのにこんなところまで勝手に来るんだ…!」 起きたのかと思ったが、鈴は寝息を立てたままだ。 「寝言でも口の減らない…」 呆れて物も言えない。
きゅっ
「ぐえっ!」 首と腰を、それぞれ手と足で抱きしめられ、身動きが取れなくなってしまった。 「ちょ、鈴!離れろって!オイ!」 どれだけ力を込めても、鈴の手と足は離れなかった。 「おーい…」 試しに呼びかけて見たが、やはり鈴は起きる気配がなかった。 「…」 鈴から伝わってくる暖かな体温を感じる。
「ねぇ〜、2人ともぉ〜、いた〜?」 突然いなくなってしまった2人を、エリク、リィスの2人で捜索していた。 「もう、大丈夫みたいですね」 人差し指に手を当て、視線を巡らせる。 「?」 エリクの視線の先には、仲良く寄り添って寝ている陸丸と鈴がいた。 「あらあらまぁ〜v」 リィスが腕を一振りすると、陸丸と鈴の体が風の玉に覆われ、ふわりと浮かび上がる。 「…ふぅん」 ぴたり、とエリクがその動きを止める。 「?どうしたの〜?」 首をかしげるリィスの頭に手を軽く乗せ、微笑むエリク。 「いや、先に帰っていてくれ。直ぐに追いつくから」 頭の上にハテナマークを躍らせながらも、風の玉とともに御剣邸に向かって歩くリィス。
ギンッ!!
瞬間、エリクの瞳が赤く光る。周囲から鳥が逃げ、木々がざわめいた。 「…ごめんね、騒がせちゃって」 苦笑しつつ、マイトを抑える。 「大したもんだね、これだけマイトをあてても動じないなんて」 踵を返し、リィスの後を追うエリク。 「だけどね、これだけ周りが騒いでいるのに、君だけ動じないのは、逆に不自然だよ」 クスクスと笑いながら、森を後にするエリク。 「ふぅ…危なかったぁ。確かにまともにぶつかったらただじゃすまなかったかも?」 やれやれ、と軽く息を吐く。 「普通じゃないモノが集まる…あの子。私。エリス=ベル。そして…御剣志狼」 空を見上げ、足をプラプラさせる少女。 「なるほど、偶然ではない…コレは必然。勇者の名の元、普通ではないモノが集まる…」 やがてそれらの点は、1つの線となり、大きなうねりになっていく。 「世界が大きく動き始める」 ニヤリと歪む、少女の顔。 「…」 あの、2人の少年少女だった。 「獣虎陸丸…そして、鈴」 俯き、頭を振る。 「…関係ない。全てはカイン様のために…」 そして、少女は陰に溶けていった。 |