AM8:00。御剣家、道場にて。

木刀を油断無く構えた剣十郎。そして、それに対峙しているのは、ブリッツァー=ケイオス。
ブリットはルシファーマグナムの銃口を剣十郎に向け、油断無く構える。
その視線は、今までの彼が見せた、どの表情よりも険しい。

「動かないね…」

コクリ、と喉を鳴らして、鈴が呟いた。

「お互い、動いても無駄だって分かってるんだよ」

答える陸丸も、鈴と似たような表情だ。
片や、どんなに動いても、銃口が外れない。
片や、どんなに狙っても、弾が当たらない。
少しでも動いて、僅かにでも隙を作れば、即座に負ける。
そういう領域で、剣十郎とブリットは戦っていた。

「ちっ」

拳火は舌打ちした。
悔しい。が、ブリットは強い。想像以上に。
封印と拘束が解けたブリットは、銃技だけで言えば…剣十郎に勝るとも劣らないモノを持っていた。

「達人クラス、か」

水衣は2人の挙動を、細かに観察していた。

(…全く動いていないわけじゃない…)

プレッシャーを常に掛け合っている。
斬りかかる。引き金を引く。
そういった僅かな『フリ』を定期的に相手に仕掛けている。
その『フリ』に、プレッシャーをブレンドすれば、相手には本当に仕掛けてくるように見える。
この行為は、達人クラスの人間に対して効果が高い。気配で物を見るようになるためだ。
だが、彼等は互いにそれすら見切り合っているのだ。
『達人』と呼ばれる人間の中でも、彼等はその頂に近い場所にいる。
滅多に見ることのできない、達人同士の戦いを、彼女らはその目にしているのだ。
ちらりと、隣を見る。

「?あら?」

そこにいたはずの人物が、いつの間にか姿を消していた。


AM8:01。御剣家、庭。


ふいに志狼は、大剣…ナイトブレードを振るっていた手を止める。
今頃あの2人の稽古はどうなっているだろうか。
気にはなる。だが。

「見てる時間が惜しい」


シュバッ!!


片手で身の丈ほどの大剣を一振り。
舞い落ちてきた葉っぱを真っ二つにする。

「見てるだけじゃダメだ。追いつけない。ならどうする」

志狼の体を、雷のマイトが覆っていく。

「決まってる。答えはシンプルだ」


同時刻、道場内。


ズズ…ン


僅かに、だが確かに、振動がこの場の全員を襲った。

「「!」」

ハッとなり、銃と木刀を下ろすブリットと剣十郎。

「今日はこれまでにしましょう」
「はい。ありがとうございました」

互いに武器を収め、一礼する。

「どうですかな?カンは取り戻せましたかな?」
「はは、ここ毎日の訓練で、大分」
「それはよかった」
「恥ずかしながら、いくつか銃技を忘れてましたからね…ここに来てようやくそれを思い出すことが出来ました」

他人に対して、鋭利な刃物の如き、近寄りがたい態度を取るブリットだったが、唯一、剣十郎にだけはこういった態度を見せる。
剣十郎のその強さに、ある種、尊敬すら覚えているのかもしれない。

「お前、武祭で毎日戦いっぱなしだったんだろ?なんで思い出せなかったんだよ」
「あそこの挑戦者達は、歯ごたえが無さ過ぎた」

打って変わって、拳火には素っ気無い態度。
言葉の裏には、『お前もな』という意味合いすら含まれている。
悔しそうに道場を出て行く拳火に続き、

「では、朝食の準備に掛かります」
「よろしく頼むよ、水衣ちゃん」
「はい」

こちらは相変わらずのポーカーフェイスで、水衣は一礼して出て行った。

「…む」

彼女は、なかなかのものだったな、と思い返すブリット。
そして、視線を剣十郎に向ける。

(一番ヒヤヒヤしたのは、もちろん…彼ですがね)

笑みを浮かべる剣十郎。

「あ、やばっ!今日の教科書準備するの忘れてた!!」

突然立ち上がるなり、そう陸丸が叫んだ。

「アホねー…ちなみにあたしは完璧に準備終わってるわよ」

呆れながらも、鈴はからかう様な台詞を忘れない。

「うわー!やばいやばいやばい!!」
「あの巻物を夜中まで読んでるからいけないのよ」
「うるっさいなぁ!」

2人はそのまま、騒々しく道場を出て行った。
あの2人についてはまだ分からない、が、大きく化ける可能性を持っている、とブリットは睨んでいた。
まだまだ幼いが。いや、それゆえの可能性か。

「さて」
「我々も行きますか」

苦笑を浮かべ、剣十郎とブリットも道場を後にした。


AM9:00。御剣家、居間。


朝食を食べ終えた志狼、水衣は、食器洗いに取り掛かる。
剣十郎とブリットは、

「「用事がある」」

と、朝食を食べ終えるや否や、早々に家を出て行ってしまった。
陸丸は未だに教科書を揃えるのに四苦八苦し、結局鈴がそれを手伝っていた。
拳火は居間で、何をするでもなく、テレビを見ている。
彼等が通っている岬樹学園は、ここ、御剣家から歩いて数分のところにある。
遠くから通う生徒のため、始業時間は9時20分と、少し遅めになっているので、陸丸以外はワリと余裕であった。

「ううう〜」

いや、もう1人慌てている人物がいた。
ユマだ。
夜遅くまで、ある作業を続けていたため、寝坊してしまったのだ。
志狼が用意した食パンを、大急ぎで口の中へと放り込んでいく。

「ラッキーだな、ユマ。お前ら来るまで、パンなんかこの家には無かったからなぁ」

くっくっく、と、笑いを堪え、全員分の弁当の確認に入る志狼。
返事をする間も惜しむように、なみだ目でパンを流し込むユマだった。

「さて、もう1人の寝ぼすけを起こしに行くかぁ」

エプロンを外し、誰とも無く呟く志狼。

「いつも通り、先行ってていいからな」

弁当を手渡しながら、志狼は苦笑する水衣に言った。

「言われなくてもそうするわ。私たちじゃ、彼女を起こしきれないもの」

その後、弁当を各人に持たせると、志狼は玄関を出て、向かいの『ベル家』へと向かった。


AM9:21。岬樹学園、校庭。


「エリィ!もっとスピード上げろ!!」
「ま、まってぇ〜」

案の定、時間までに起こしきれずに、遅刻した志狼とエリィ。
朝のホームルーム中、校庭を凄まじいスピードで疾走する2名の生徒の姿が、学園中で目撃されていた。
生徒達の胸中によぎる言葉は、ほんの一言。

(またか)

である。
ブレイブナイツのチームメンバー達は、空笑いするしかなかった。


AM9:30。岬樹学園、校庭。


「あー…もう、1時限目体育かよ…もう十分運動したっつーの」
「まだまだ体力あまってるくせに、よく言うぜ」
「うっせーぞJJ」

からかいながら肩に手を置くJJを、軽く睨む志狼。

「あー、そうそう。今日から体育の先生が変わるらしいぜ?」
「え、この時期にか?」
「ああ、どうもお前の親父さんがなんか絡んでるらしいが」
「…」

嫌な予感がした。なんとなく。

「整列ーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
「!?は、はい!?」

突然の大声に、その場の全員が、反射的に姿勢を正した。

「聞こえなかったのか!!さっさとしろッ!」
「は、はい!」

妙にガタイがいい見知らぬ男の号令に、一斉に男子達は従ってしまった。
その男から滲み出る気配が、ただものではないと悟ったからかもしれない。

「…」

いや、むしろ、その男は志狼の良く見知った人物であったのであるが。

「よろしい!今日から諸君らを担当することになった、ブリッツァー=ケイオスである!!」
「あれ、確か御剣の知り合いだよな」

下校時にちらりと御剣家で見たことがあったJJが、ぼそりと呟いた。

「私語を慎め!JJ二等兵!!」
「に、二等兵?」

既に名前と顔を一致させているのは流石だが、その階級の付け方は何なんだと突っ込む気持ちもまた大きい。
目が点になるJJから視線を外し、ブリットは『休め』の姿勢をとった。

「さて、これから諸君ら戦場に出ても盾にすらならない役立たず供を、私が徹底的に鍛える!!覚悟しておけ!!」
「あー、ちょっと待てブリット。ここ…訓練学校じゃなくて、普通の学校なんだけどなぁ」
「少佐…私の指揮下にあるうちは、いかに少佐と言えど、命令に従っていただきます」
「…結構階級上だな、俺。いや、そうじゃなくて…」
「何か?」
「いや、いいや…もう。んじゃ授業して下さい」

なんか、朝からドッと疲れた志狼だった。

「さて、では40分耐久マラソン、始めるぞ」
「「「「「えええええええええええええええええ!?」」」」」
「甘ったれるな!!さっさと位置に着けッ!!」
「「「「「は、はい!!!!」」」」」

涙目になって開始線へと走る男子。
体を入念にほぐす。
ころあいを見計らい、ブリットはトラックの内側に立ち、スターターを上空に向かって構えた。

「ん?」

志狼はブリットが持っているスターターの形に、違和感を覚えた。

(スターターって、掌サイズだったよな?)

明らかに記憶の中にあるスターターよりも大きい。
いや、それよりも。

「アレは…!」
「位置について…ヨーイ!!」


ダガンッ!!!


耳を劈く銃声に、耳を押さえて男子生徒たちは盛大にコケた。

「何故走らん!そんなに楽が好きなのか…分かった、今楽にしてやろう…!」

ブリットは、スターター…否、スターターに使用したルシファーマグナムを男子生徒に向けた。
目がヤバイ。本気と書いてマジだった。

「普通にやれええええええええ!」


バキィッ!


志狼の拳が、ブリットの後頭部にヒットした。

「俺は至って普通だ」

ケロリとした顔で振り返って言うブリット。

「…いや、えっとなぁ…」
「む?」

それから、学校の先生がどんなものかを説明するのに、とっぷり40分かかったと言う。

「何やってるのかしら、男子」
「ふふふっ面白そうだね〜♪」
「そうですか?何やら志狼さんが困ってらっしゃるみたいですが」

そんな男子の様子を遠目からみて、僅かの呆れを見せる水衣。興味津々のエリィ。志狼にとって、恐らく一番嬉しい反応をしたのはユマ。
彼女達はバトミントンを楽しんでいた。


PM12:20。岬樹学園、屋上。


「あー…何か朝から疲れた」

弁当を広げながら、志狼は呟いた。

「まぁまぁ。いつのものことじゃない」
「今日は余計に疲れた」

エリィのフォローも、あまり効果が無かったようだ。
志狼の肩がガクリと落ちた。

「え、部活…ですか?」
「そうですよー!ユマさんも何か部活やりませんか!?」

志狼とエリィが視線を向けると、フェイが、何やらユマを部活に誘っている。

「私、手芸部とお料理研究部を兼部してるんですけど…よかったら一緒にやりませんか?」
「今日から皆で、冬に向けてボロボロのマフラー製作に入りましょう〜」


ドスァッ


「ぐふっ!!」

フェイの肘が、JJの鳩尾にめり込んだ。

「失礼ね!去年の事は忘れなさいよッ」
「ああ…やきそばパンが喉を駆け上がりそうになったぜ…」
「フンだ!」
「ま、まぁまぁ」

憤慨するフェイを宥めるユマ。

「部活、やってみると楽しいですよ。色々勉強になるし」
「陸丸は、なぎなた部と弓道部を兼部してるんだったっけか」

陸丸の言葉で、玉子焼きを口に運びながら、志狼は、はたと思い出した。

「うん!弓道やっとけば、ほら、役に立つじゃん」

彼のパートナーである猛鋼牙には、弓の形態を持つ武器がついている。
確かに弓道で常に弓を引いていれば、それを使いこなす事もできるようになるだろう。
ちなみに、鈴も、陸丸と同じ部活に所属している。
所属理由は『暇だから』だというが、エリィや水衣は他にも理由がありそうだと密かに思っていた。

「うう…」
「?どうしたの、鈴」

何やら呻きながら耳を押さえる鈴を、心配げに見る水衣。

「もしかして、部活で何か言われてるの?」

鈴の耳は、普通のそれとは違い、獣のものに近い。
当初、これを他人に見せるのを極度に嫌っていた彼女だったが、学園側の反応は『可愛い』とか、『まあ、学園長の知人なら』とかで済んでしまっていた。
…はずだったのだが。
何かしら、いじめのような物を受けていたりするのだろうか。
水衣の表情は、妹を心配する姉のそれだった。
だが、予想に反して鈴は首を振った。

「じゃあ、どうしたの?」
「…面がね、被りにくいの」
「ああ…なるほどね」

彼女が言っているのは、なぎなたのことだろう。
なぎなたは、剣道同様、練習時には面をつけて行なう。
横に長く飛び出た形の鈴の耳では、面が被りにくいのだろう。

「今、どう耳をたたむべきか、研究中なの」
「そう。頑張りなさい」
「うん」

他人と違うからと言って、決して悲観せず、しっかりと前を向いている。
陸丸の影響だろうか。彼には感謝せねばならないなと思いつつ、水衣は微笑んで鈴の頭を撫でた。

「まぁ、ユマも部活をやりたいってんなら反対しないけどな。くれぐれも騒ぎ起こさないでくれよな」
「?騒ぎ…ですか?」
「ああ」

志狼の言葉にキョトンとなるユマ。

「何か…前例でもあったんですか?」
「ああ。空手部とか、ボクシング部とかを渡り歩いて、道場破り紛いの事した馬鹿とか」
「ぐっ、ゲホッゲホ!」

ジュースを飲んでいた拳火が、急に咳き込む。

「相撲を見学してて、張り手をみようみまねで繰り出した挙句、支柱を叩き壊して練習部屋を潰しちゃった阿呆とかいたからな」
「…」

鈴の頭を撫でていた水衣の手が止まった。

「それは…その…大変でしたね」
「ああ」

額を流れる汗を、ハンカチで拭くユマ。苦笑いしか出来ない。

「まぁ、私運動苦手ですし…文化系にしても、今はやらなければならない事がありますから」

やんわりと断りを入れるユマ。

「そうですか…残念です」

フェイの表情が沈む。心底残念そうだった。

「やるべき事が終わった時、私からそちらにお邪魔させていただきます。その時は…」
「はい」

ユマの言葉に、フェイの顔がパッと明るくなった。

「百面相〜」
「ふんっ」


スパァアン!!


JJの顔に、見事な裏拳がヒットした。

「お見事」

水衣が賞賛するほどに、フェイの裏拳は素早く、威力のあるものだった。
JJは悲鳴を上げるまもなく、そのまま後ろに倒れた。

「馬〜鹿」

志狼がボソリと呟いた。


同時刻、学園長室


「剣十郎さん…教師とは、難しいものですね…」
「うむ。我々が物を教えるのと同時に、生徒たちから学ぶ事もまた多い」
「ハイ…奥が深いです」

志狼特製弁当を突付きつつ、剣十郎とブリットは唸っていた。


PM3:10。岬樹学園、校庭。

「あー…終わった終わった」

その日の授業を終え、志狼達は帰路に着いていた。
今日は陸丸と鈴の部活も無く、ブリットも軽い職員会議を終えて、供に下校している。

「!何だ…ありゃ」

校門を見た志狼は、眉をひそめた。
続いて視線を向けたエリィ達の目の前には、校門の回りに立ち尽くす、生徒達の姿があった。

「どうした。何があった」

ブリットが、立ち尽くしていた男子生徒の肩を叩き尋ねた。

「校門の前に、あいつらが…」
「アレじゃ下校できないよ」

校門の外を見ると、そこにはバイクにまたがり、木刀、釘バット、バタ●ライナイフなどを持った目つきの悪い学ラン姿の男たち…
いわゆる『不良』が30人近く校門の前に陣取っていた。

「待ちくたびれたぞ!!御剣 志狼!!この間のカリ!きっちり返してやるッ!!」

不良男の言葉に、首を傾げる志狼。

「…どちら様でしたっけ?」
「てめええええええええええええええええ!!いい加減覚えやがれええええええ!!」
「わ、分かったから泣くなよ、みっとも無い…」

いきなり泣き出した不良に、一歩引きながら言う志狼。

「ふ…ふふふ!だがそんな生意気な態度も今日までだぜ」
「てめぇをぶっ殺すために、人数をこの間の倍集めてきたんだぜぇ…?」

立ち直った男の言葉に、一気に殺気立ち始める不良たち。
だが、相手が悪すぎた。

「誰にケンカ売ってんだ、てめぇらは…ああ?」

拳を作り、一気に不良に飛び掛る拳火。

「な、て、てめぇ!?」

バイクから飛び降り、懐からメリケンサックを取り出し、拳に取り付ける。

「「おらあああああああああああああああああああああ!!!」」

激突する両者の拳。

「ぐああああああああああああ!?」

悲鳴を上げながら肩を押さえて倒れこんだのは、メリケンサックを使用したはずの、不良の方だった。

「さぁ、次はどいつだ!?ぶっ倒されたい奴から前に出やがれ!!」
「な、なめんなああああああああああ!!」

拳火の挑発に、不良たちが一斉に動き始めた。

「あーあ…ったく、めんどクセーことしてくれるよ、拳火の野郎。適当にまいてトンズラするつもりだったのに」
「うひゃ!?」

突然エリィを、いわゆる『お姫様抱っこ』の状態で抱き抱える志狼。

「しっかり捕まってろよ、エリィ」
「え、え!?あ、うん!」

うろたえながらも、志狼の首に手を回し、体を固定するエリィ。
そのまま電光石火を発動、目にも留まらぬスピードで、不良達の合間を縫って、一気に走り抜けた。

「久しぶりだな御剣志狼!!このべヤード…貴様に」
「はい、邪魔」
「ぶっ!?」

目の前にいつぞやの剣士が飛び出してきたが、志狼の蹴りが顔面にめり込み、そのまま倒れこんだ。

「私も喧嘩は御免だわ」

続いて不良たちの合間を縫ってこの喧騒を脱出しようとした水衣だったが、周りをニヤ付く男たちに取り囲まれた。

「そう言わずに…俺らとどっか行かねぇかい?」

伸ばしてきた不良の手を軽く払い、男の唇に人差し指を当てる。

「ゴメンなさいね、僕。もっと男を磨いて出直していらっしゃい」

そのまま、不良の脇をすり抜け、水衣は走り出した。
ハッとなり、後を追いかけようとした不良たちだったが、

「あ、足元が凍り付いてやがる!?」
「動けねえ!!」

周りを取り囲んでいた不良たちは、1人残らず足首まで凍り付いていた。

「ん〜?オイ、ガキ。てめぇも御剣志狼の仲間か?」
「だったらどうだって言うのよ」

のそりと目の前に現れた長身の男に、ひるまずに噛み付く鈴。

「いきがってんじゃねぇよ、ダッセェアクセ付けやがって」

耳を指差して高笑いする男の言葉に、唇を噛む鈴。

「何言ってんの?あんたの顔の方が、よっぽどダサいよ」
「な…!?」

突然のその台詞に、不良の高笑いが止まる。

「テメェか…今のはあああああああ!!」

振り返った先にいたのは、1人の小柄な少年だった。

「陸丸…」
「ガキが…ブッコロしてやるよッ!!」

体重を乗せた鋭いパンチが、陸丸に迫る。


パシッ!


だが陸丸は、放たれた拳を、いとも簡単に止めて見せる。

「な…」

陸丸に掴まれた拳は、押しても引いてもビクともしない。
そして、徐々に徐々に拳を掴む手に力が込められていく。
そのまま腕を握りつぶされるかと、錯覚を起こすほどに。

(こ、このガキのどこにこんな力が…!?)

思考の途中で、男の視点が、上下逆さまになった。
陸丸が、男を宙に放り投げたのだ。しかも、片手で。

「鈴。やっちゃえ」
「言われなくたってえ!!」


ドガアッ!!


男を追って飛び上がった鈴の鋭い蹴りが、その腹にめり込んだ。
男は、集まり始めていた不良達の目の前に、背中から派手に落ちた。

「まだやるの?」
「まぁ、もう泣いて謝っても許さないけどね」

怒気を孕んだ視線を、不良たちに向ける陸丸と鈴。
揃ってそのまま駆け出した。

「でええいッ!!」
「鋭ッ!!」

それぞれ、拳と蹴りを放ちながら。

「あ…」

数人の男に囲まれてしまっているのは、ユマだった。
カバンを抱え、少しずつ少しずつ後ずさる。

「来ないでください…」
「へへへ…」

そんな弱々しい言葉も、不良達の耳には入らない。

「来ないで下さい…!」

ついに、男達の腕が、ユマの肩を掴んだ。

「嫌ですーー!!来ないで下さいってばアアアア!!!」


ズドンッ!!


「!?」

腹に凄まじい衝撃が掛り、男は後ろにすっ飛んだ。
ギョッとしてユマを見る不良たち。
いつの間にやら、ユマのその手には奇妙な形状の銃が握られていた。

「なにい!?」
「ど、どっから出しやがったんだ!!!」
「じ、実弾!?」
「いや、コレ見ろ!」

倒れた不良の腹部から、拳大のゴムボールが転がってきた。
だが、たかだかゴムボールと侮ってはいけない。
何せ、ソレを喰らった男は、泡を吹いて、更には白目までむいて倒れているのだから。

「こ、来ないで下さい…」

ガタガタと震えながら、銃を構えるユマ。

「来ないで下さいーーーー!!」
「そりゃこっちの台詞だあああああああああああ!!」

いつの間にか、立場が逆転している不良とユマ。
銃を乱射するユマが、半泣きしている不良達を、ムチャクチャに追い掛け回した。
その鬼ごっこも、数秒持たなかった。逃げ惑う不良達の背中に、次々にゴムボールがめり込んだ。

「ぐはぅ!!」
「いやですううううう!!」
「うげ、ごばっ、ぶろ、べあッ」

倒れこんだ不良に、尚もゴムボールを叩き込み続けるユマ。
あまりのえげつない光景に、青ざめながら後ずさる不良だったが、何かにぶつかり、進路を阻まれた。

「ん?大丈夫か、貴様。顔が青いぞ」

振り返った不良は、そこにいた人物のあまりのプレッシャーに、腰を抜かしてしまった。

「きゃあああああああああああああ!!」

そしてそのまま、悲鳴を上げて気絶してしまう。

「…む、教師らしく接したつもりだったのだが…また何か間違えたか?」

ただ声を掛けただけだったのだが。

「そうか、『貴様』がまずかったか」

どうにも他人を名前以外で呼ぶときに、『貴様』といってしまうクセが抜けない。
これから教師としてやっていくのに、それでは生徒達に恐怖感を与えてしまうだろう。
ちょうどそこへ、先ほどと同じ状況で不良が自分の方向へ後ずさって来たのが見えた。
ブリットはもう一度、トライしてみる事にした。

「おい、お前」
「いやああああああああああああああああああ!!」

振り向いた瞬間に、不良は我を忘れて後ろ向きに走り去っていき、ユマに背中を撃たれて倒れた。

「…おかしいな」

首をかしげるブリット。彼の挑戦はその後も数分続いた。


PM3:15。岬樹学園、校門


「む?何事だね、これは」

帰路に着いた矢先、校門前の脇に積み上げられた学ラン姿の男たちを見て、剣十郎は近くにいた男子生徒に尋ねた。

「いやー、えーと、その…」

男子生徒は、先ほどの壮絶な−−というよりも、一方的な−−喧嘩を思い出し、冷や汗を掻いた。

「ふむ…ケンカかね。元気があってよろしい。後かたずけもきちんとしているし」

校門脇に綺麗に停められたバイクや、積み上げられた不良たちを見て、がっはっは、と笑う剣十郎に、目が点になる男子生徒。

「君。気をつけて帰りなさい」

それだけ言うと、そのまま剣十郎は歩み去っていってしまった。

「いいのかな…それで」


PM7:00。御剣家、食卓。


「いっただっきまーす!」

そう言うなり、碗を抱え込み、おかずを大量に口の中へと放り込んで行く拳火。

「ブリットさんって、銃以外の武器も凄い上手く使えるんですね!」
「ああ…一通り訓練はしたからな」

陸丸が目を輝かせてブリットに言った。
先ほどの夜の練習時に、彼はブリットに、槍の訓練をしてもらったのだ。
驚いた事に、ブリットの槍術は、陸丸のその上を行っていた。

「凄いなぁ…俺も頑張らなきゃなぁ」
「筋はいい。その内、達人にもなれるだろう」
「本当ですか!?」
「ああ」

ブリットの言葉に、陸丸は小さくガッツポーズをとった。

「…にしても、おま、毎日毎日飯食いに来て…どういうつもりなんだよ」
「えへへ〜、大勢の方が楽しいじゃん♪」

頬にご飯粒をつけて、ニッコリと笑うエリィ。

「食いに来るなら食いに行くと、予め言っておけ。分量の配分があるんだ」

その頬に付いたご飯粒を取って、口に入れる志狼。
何故か少し頬に赤みが差すエリィ。

「とか何とか言って、ちゃんとエリィの分量も予め計算しておく志狼君でしたとさ」
「!!てめっ水衣!!」

クスクスと笑う水衣の言葉に、今度は志狼が赤くなった。

「んでも、お前おじさんとかにはちゃんと言ってきてるんだろうな」

咳払いしてから、ちらりとエリィを見て言った。

「ん〜、言ってくる時もあるしぃ、言わない時もあるなぁ。今日は言ってきたけど」

あっけらかんと、エリィは言い放った。

「おじさんたち、寂しいんじゃないか?」
「いたらいるでイチャイチャしてるし、いないならいないでそれなりにイチャイチャしてるから、大丈夫大丈夫」
「どっちにしろ、イチャイチャしてるのか」

あはは、と全員が苦笑した。
彼女の両親のラブラブっぷりは筋金入りだということは、この場の全員が知っている事だった。


PM8:00。御剣家、玄関


「んじゃ、気をつけて帰れよ…って言っても、道路挟んで直ぐだけどな」
「しかも、車も通らないしね」

言ってから苦笑する志狼。

「また、明日な」
「うん!また明日起こしに来てね〜♪」
「明日は早く起きてくれよな〜」

エリィは満面の笑みで。志狼は苦笑を貼り付けて。
手を振ってお互いの家へと入っていった。


PM10:00。御剣家。


「明日の教科書は準備OK、制服もOK。その他まとめてオールOK!と」

指差し確認し、布団の中に潜り込む志狼。
今日も一日終わった。

「…いつまで続くんだろう」

こんな、平凡で、平和な日常が。
彼等は常に、敵の襲撃への警戒に、心をすり減らしている。
意識していようがいまいが、それは心に少しずつ少しずつ蓄積していく。
心が潰れないのが、不思議なくらいだ。
何故潰れないか。
それは見当が付いていた。
彼女を守る事が、結果的に自分を救う事になる。

(お休み…)

だからこそ、自分は倒れることなく、戦い続ける事が出来るのだ。


「…」

陸丸は、月明かりを利用して、黙々と巻き物を読んでいた。
『虎流槍術奥義ノ書』と書かれたそれは、少し前に、とある場所で手に入れたものだった。
これを熟読し、鍛錬に励めば、ブリットの言うように達人にもなれるだろう。
そう思っていたのだが、どうにも要領を得ない。
この巻物に書かれているのは、陸丸も習得している『天心突』、『回旋斬り』、『地裂閃』の3つのみ。
奥義など、どこにも書かれていないのだ。
この3つが奥義とは、とても思えない。

「…はぁ、とりあえず、書かれてることを全部やってみるか」

書かれていることとは、彼が幼い頃より、父からずっと教わってきた事そのままなのだが。
今は、それしかできる事がなかった。


拳火と水衣は、部屋に入るなり、早々に床に就いた。

「「…」」

だが、中々寝付けない。
頭を過ぎるのは、師や老師の事ばかり。
鈴が言うには、彼らの生死は不明だとのことだが。

(いや!お師さんに限ってやられるなんてこと、あってたまるか!)
(無事で…いて)

今はまだ、火星に帰れない。
ここで、まだまだすべき事があるのだ。
2人はゆっくりと瞼を閉じた。


ユマは、どことも知れぬ作業部屋で、黙々とある物を作っていた。

(絶対に、認めさせてみせる)

ただ、その思いだけを糧に。

『ユマ…』

いつか、倒れてしまうのではないか?
フェンリルは、心配で心配でたまらなかった。


ブリットは1人、御剣家の屋根の上で、月を見て物思いにふけっていた。

「…」

何を考えているのか。
それは当人にしか、分かりえぬ事だった。


同時刻。ベル家。


ベッドの中で、エリィは考えていた。
なぜ、自分は狙われていたのか。
なぜ自分には、マイトが存在しないのか。
なぜ…
なぜ彼は、自分を守ってくれるのだろうか。
今現在、彼女が直接狙われることは無くなった。
だが、傍にいるときには、相手が何であれ、どういう状況であれ、自分は彼に守られている。
自分には何ができるだろうか。
自分にできる事とはなんだろうか。
彼に、してあげられることと、彼に対して、できる事とは、なんだろうか。
戦闘に参加する事も出来ない。傷を癒してあげる事も出来ない。
掃除も、洗濯も、料理も、朝、起こしに行ってあげることさえ出来ない。
だが、そこで悲観しきらない。
できないなら、これから増やしていけばいい。
できることを、なんでもいい、見つければいい。
そう、今はそれでいい。
それしか、できないから…。
いつの間にか、エリィは眠りについていた。


明日も、日常が続く。
いつ壊れるとも知らぬ、細く脆い…それでいて、かけがえの無い、平和な一日が…。