AM8:00。御剣家、道場にて。 木刀を油断無く構えた剣十郎。そして、それに対峙しているのは、ブリッツァー=ケイオス。 「動かないね…」 コクリ、と喉を鳴らして、鈴が呟いた。 「お互い、動いても無駄だって分かってるんだよ」 答える陸丸も、鈴と似たような表情だ。 「ちっ」 拳火は舌打ちした。 「達人クラス、か」 水衣は2人の挙動を、細かに観察していた。 (…全く動いていないわけじゃない…) プレッシャーを常に掛け合っている。 「?あら?」 そこにいたはずの人物が、いつの間にか姿を消していた。
AM8:01。御剣家、庭。
「見てる時間が惜しい」
シュバッ!!
片手で身の丈ほどの大剣を一振り。 「見てるだけじゃダメだ。追いつけない。ならどうする」 志狼の体を、雷のマイトが覆っていく。 「決まってる。答えはシンプルだ」
同時刻、道場内。
ズズ…ン
僅かに、だが確かに、振動がこの場の全員を襲った。 「「!」」 ハッとなり、銃と木刀を下ろすブリットと剣十郎。 「今日はこれまでにしましょう」 互いに武器を収め、一礼する。 「どうですかな?カンは取り戻せましたかな?」 他人に対して、鋭利な刃物の如き、近寄りがたい態度を取るブリットだったが、唯一、剣十郎にだけはこういった態度を見せる。 「お前、武祭で毎日戦いっぱなしだったんだろ?なんで思い出せなかったんだよ」 打って変わって、拳火には素っ気無い態度。 「では、朝食の準備に掛かります」 こちらは相変わらずのポーカーフェイスで、水衣は一礼して出て行った。 「…む」 彼女は、なかなかのものだったな、と思い返すブリット。 (一番ヒヤヒヤしたのは、もちろん…彼ですがね) 笑みを浮かべる剣十郎。 「あ、やばっ!今日の教科書準備するの忘れてた!!」 突然立ち上がるなり、そう陸丸が叫んだ。 「アホねー…ちなみにあたしは完璧に準備終わってるわよ」 呆れながらも、鈴はからかう様な台詞を忘れない。 「うわー!やばいやばいやばい!!」 2人はそのまま、騒々しく道場を出て行った。 「さて」 苦笑を浮かべ、剣十郎とブリットも道場を後にした。
AM9:00。御剣家、居間。
朝食を食べ終えた志狼、水衣は、食器洗いに取り掛かる。 「「用事がある」」 と、朝食を食べ終えるや否や、早々に家を出て行ってしまった。 「ううう〜」 いや、もう1人慌てている人物がいた。 「ラッキーだな、ユマ。お前ら来るまで、パンなんかこの家には無かったからなぁ」 くっくっく、と、笑いを堪え、全員分の弁当の確認に入る志狼。 「さて、もう1人の寝ぼすけを起こしに行くかぁ」 エプロンを外し、誰とも無く呟く志狼。 「いつも通り、先行ってていいからな」 弁当を手渡しながら、志狼は苦笑する水衣に言った。 「言われなくてもそうするわ。私たちじゃ、彼女を起こしきれないもの」 その後、弁当を各人に持たせると、志狼は玄関を出て、向かいの『ベル家』へと向かった。
AM9:21。岬樹学園、校庭。
「エリィ!もっとスピード上げろ!!」 案の定、時間までに起こしきれずに、遅刻した志狼とエリィ。 (またか) である。
AM9:30。岬樹学園、校庭。
「あー…もう、1時限目体育かよ…もう十分運動したっつーの」 からかいながら肩に手を置くJJを、軽く睨む志狼。 「あー、そうそう。今日から体育の先生が変わるらしいぜ?」 嫌な予感がした。なんとなく。 「整列ーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」 突然の大声に、その場の全員が、反射的に姿勢を正した。 「聞こえなかったのか!!さっさとしろッ!」 妙にガタイがいい見知らぬ男の号令に、一斉に男子達は従ってしまった。 「…」 いや、むしろ、その男は志狼の良く見知った人物であったのであるが。 「よろしい!今日から諸君らを担当することになった、ブリッツァー=ケイオスである!!」 下校時にちらりと御剣家で見たことがあったJJが、ぼそりと呟いた。 「私語を慎め!JJ二等兵!!」 既に名前と顔を一致させているのは流石だが、その階級の付け方は何なんだと突っ込む気持ちもまた大きい。 「さて、これから諸君ら戦場に出ても盾にすらならない役立たず供を、私が徹底的に鍛える!!覚悟しておけ!!」 なんか、朝からドッと疲れた志狼だった。 「さて、では40分耐久マラソン、始めるぞ」 涙目になって開始線へと走る男子。 「ん?」 志狼はブリットが持っているスターターの形に、違和感を覚えた。 (スターターって、掌サイズだったよな?) 明らかに記憶の中にあるスターターよりも大きい。 「アレは…!」
ダガンッ!!!
耳を劈く銃声に、耳を押さえて男子生徒たちは盛大にコケた。 「何故走らん!そんなに楽が好きなのか…分かった、今楽にしてやろう…!」 ブリットは、スターター…否、スターターに使用したルシファーマグナムを男子生徒に向けた。 「普通にやれええええええええ!」
バキィッ!
志狼の拳が、ブリットの後頭部にヒットした。 「俺は至って普通だ」 ケロリとした顔で振り返って言うブリット。 「…いや、えっとなぁ…」 それから、学校の先生がどんなものかを説明するのに、とっぷり40分かかったと言う。 「何やってるのかしら、男子」 そんな男子の様子を遠目からみて、僅かの呆れを見せる水衣。興味津々のエリィ。志狼にとって、恐らく一番嬉しい反応をしたのはユマ。
PM12:20。岬樹学園、屋上。
「あー…何か朝から疲れた」 弁当を広げながら、志狼は呟いた。 「まぁまぁ。いつのものことじゃない」 エリィのフォローも、あまり効果が無かったようだ。 「え、部活…ですか?」 志狼とエリィが視線を向けると、フェイが、何やらユマを部活に誘っている。 「私、手芸部とお料理研究部を兼部してるんですけど…よかったら一緒にやりませんか?」
ドスァッ
「ぐふっ!!」 フェイの肘が、JJの鳩尾にめり込んだ。 「失礼ね!去年の事は忘れなさいよッ」 憤慨するフェイを宥めるユマ。 「部活、やってみると楽しいですよ。色々勉強になるし」 陸丸の言葉で、玉子焼きを口に運びながら、志狼は、はたと思い出した。 「うん!弓道やっとけば、ほら、役に立つじゃん」 彼のパートナーである猛鋼牙には、弓の形態を持つ武器がついている。 「うう…」 何やら呻きながら耳を押さえる鈴を、心配げに見る水衣。 「もしかして、部活で何か言われてるの?」 鈴の耳は、普通のそれとは違い、獣のものに近い。 「じゃあ、どうしたの?」 彼女が言っているのは、なぎなたのことだろう。 「今、どう耳をたたむべきか、研究中なの」 他人と違うからと言って、決して悲観せず、しっかりと前を向いている。 「まぁ、ユマも部活をやりたいってんなら反対しないけどな。くれぐれも騒ぎ起こさないでくれよな」 志狼の言葉にキョトンとなるユマ。 「何か…前例でもあったんですか?」 ジュースを飲んでいた拳火が、急に咳き込む。 「相撲を見学してて、張り手をみようみまねで繰り出した挙句、支柱を叩き壊して練習部屋を潰しちゃった阿呆とかいたからな」 鈴の頭を撫でていた水衣の手が止まった。 「それは…その…大変でしたね」 額を流れる汗を、ハンカチで拭くユマ。苦笑いしか出来ない。 「まぁ、私運動苦手ですし…文化系にしても、今はやらなければならない事がありますから」 やんわりと断りを入れるユマ。 「そうですか…残念です」 フェイの表情が沈む。心底残念そうだった。 「やるべき事が終わった時、私からそちらにお邪魔させていただきます。その時は…」 ユマの言葉に、フェイの顔がパッと明るくなった。 「百面相〜」
スパァアン!!
JJの顔に、見事な裏拳がヒットした。 「お見事」 水衣が賞賛するほどに、フェイの裏拳は素早く、威力のあるものだった。 「馬〜鹿」 志狼がボソリと呟いた。
同時刻、学園長室
「剣十郎さん…教師とは、難しいものですね…」 志狼特製弁当を突付きつつ、剣十郎とブリットは唸っていた。
PM3:10。岬樹学園、校庭。 「あー…終わった終わった」 その日の授業を終え、志狼達は帰路に着いていた。 「!何だ…ありゃ」 校門を見た志狼は、眉をひそめた。 「どうした。何があった」 ブリットが、立ち尽くしていた男子生徒の肩を叩き尋ねた。 「校門の前に、あいつらが…」 校門の外を見ると、そこにはバイクにまたがり、木刀、釘バット、バタ●ライナイフなどを持った目つきの悪い学ラン姿の男たち… 「待ちくたびれたぞ!!御剣 志狼!!この間のカリ!きっちり返してやるッ!!」 不良男の言葉に、首を傾げる志狼。 「…どちら様でしたっけ?」 いきなり泣き出した不良に、一歩引きながら言う志狼。 「ふ…ふふふ!だがそんな生意気な態度も今日までだぜ」 立ち直った男の言葉に、一気に殺気立ち始める不良たち。 「誰にケンカ売ってんだ、てめぇらは…ああ?」 拳を作り、一気に不良に飛び掛る拳火。 「な、て、てめぇ!?」 バイクから飛び降り、懐からメリケンサックを取り出し、拳に取り付ける。 「「おらあああああああああああああああああああああ!!!」」 激突する両者の拳。 「ぐああああああああああああ!?」 悲鳴を上げながら肩を押さえて倒れこんだのは、メリケンサックを使用したはずの、不良の方だった。 「さぁ、次はどいつだ!?ぶっ倒されたい奴から前に出やがれ!!」 拳火の挑発に、不良たちが一斉に動き始めた。 「あーあ…ったく、めんどクセーことしてくれるよ、拳火の野郎。適当にまいてトンズラするつもりだったのに」 突然エリィを、いわゆる『お姫様抱っこ』の状態で抱き抱える志狼。 「しっかり捕まってろよ、エリィ」 うろたえながらも、志狼の首に手を回し、体を固定するエリィ。 「久しぶりだな御剣志狼!!このべヤード…貴様に」 目の前にいつぞやの剣士が飛び出してきたが、志狼の蹴りが顔面にめり込み、そのまま倒れこんだ。 「私も喧嘩は御免だわ」 続いて不良たちの合間を縫ってこの喧騒を脱出しようとした水衣だったが、周りをニヤ付く男たちに取り囲まれた。 「そう言わずに…俺らとどっか行かねぇかい?」 伸ばしてきた不良の手を軽く払い、男の唇に人差し指を当てる。 「ゴメンなさいね、僕。もっと男を磨いて出直していらっしゃい」 そのまま、不良の脇をすり抜け、水衣は走り出した。 「あ、足元が凍り付いてやがる!?」 周りを取り囲んでいた不良たちは、1人残らず足首まで凍り付いていた。 「ん〜?オイ、ガキ。てめぇも御剣志狼の仲間か?」 のそりと目の前に現れた長身の男に、ひるまずに噛み付く鈴。 「いきがってんじゃねぇよ、ダッセェアクセ付けやがって」 耳を指差して高笑いする男の言葉に、唇を噛む鈴。 「何言ってんの?あんたの顔の方が、よっぽどダサいよ」 突然のその台詞に、不良の高笑いが止まる。 「テメェか…今のはあああああああ!!」 振り返った先にいたのは、1人の小柄な少年だった。 「陸丸…」 体重を乗せた鋭いパンチが、陸丸に迫る。
パシッ!
だが陸丸は、放たれた拳を、いとも簡単に止めて見せる。 「な…」 陸丸に掴まれた拳は、押しても引いてもビクともしない。 (こ、このガキのどこにこんな力が…!?) 思考の途中で、男の視点が、上下逆さまになった。 「鈴。やっちゃえ」
ドガアッ!!
男を追って飛び上がった鈴の鋭い蹴りが、その腹にめり込んだ。 「まだやるの?」 怒気を孕んだ視線を、不良たちに向ける陸丸と鈴。 「でええいッ!!」 それぞれ、拳と蹴りを放ちながら。 「あ…」 数人の男に囲まれてしまっているのは、ユマだった。 「来ないでください…」 そんな弱々しい言葉も、不良達の耳には入らない。 「来ないで下さい…!」 ついに、男達の腕が、ユマの肩を掴んだ。 「嫌ですーー!!来ないで下さいってばアアアア!!!」
ズドンッ!!
「!?」 腹に凄まじい衝撃が掛り、男は後ろにすっ飛んだ。 「なにい!?」 倒れた不良の腹部から、拳大のゴムボールが転がってきた。 「こ、来ないで下さい…」 ガタガタと震えながら、銃を構えるユマ。 「来ないで下さいーーーー!!」 いつの間にか、立場が逆転している不良とユマ。 「ぐはぅ!!」 倒れこんだ不良に、尚もゴムボールを叩き込み続けるユマ。 「ん?大丈夫か、貴様。顔が青いぞ」 振り返った不良は、そこにいた人物のあまりのプレッシャーに、腰を抜かしてしまった。 「きゃあああああああああああああ!!」 そしてそのまま、悲鳴を上げて気絶してしまう。 「…む、教師らしく接したつもりだったのだが…また何か間違えたか?」 ただ声を掛けただけだったのだが。 「そうか、『貴様』がまずかったか」 どうにも他人を名前以外で呼ぶときに、『貴様』といってしまうクセが抜けない。 「おい、お前」 振り向いた瞬間に、不良は我を忘れて後ろ向きに走り去っていき、ユマに背中を撃たれて倒れた。 「…おかしいな」 首をかしげるブリット。彼の挑戦はその後も数分続いた。
PM3:15。岬樹学園、校門
「む?何事だね、これは」 帰路に着いた矢先、校門前の脇に積み上げられた学ラン姿の男たちを見て、剣十郎は近くにいた男子生徒に尋ねた。 「いやー、えーと、その…」 男子生徒は、先ほどの壮絶な−−というよりも、一方的な−−喧嘩を思い出し、冷や汗を掻いた。 「ふむ…ケンカかね。元気があってよろしい。後かたずけもきちんとしているし」 校門脇に綺麗に停められたバイクや、積み上げられた不良たちを見て、がっはっは、と笑う剣十郎に、目が点になる男子生徒。 「君。気をつけて帰りなさい」 それだけ言うと、そのまま剣十郎は歩み去っていってしまった。 「いいのかな…それで」
PM7:00。御剣家、食卓。
「いっただっきまーす!」 そう言うなり、碗を抱え込み、おかずを大量に口の中へと放り込んで行く拳火。 「ブリットさんって、銃以外の武器も凄い上手く使えるんですね!」 陸丸が目を輝かせてブリットに言った。 「凄いなぁ…俺も頑張らなきゃなぁ」 ブリットの言葉に、陸丸は小さくガッツポーズをとった。 「…にしても、おま、毎日毎日飯食いに来て…どういうつもりなんだよ」 頬にご飯粒をつけて、ニッコリと笑うエリィ。 「食いに来るなら食いに行くと、予め言っておけ。分量の配分があるんだ」 その頬に付いたご飯粒を取って、口に入れる志狼。 「とか何とか言って、ちゃんとエリィの分量も予め計算しておく志狼君でしたとさ」 クスクスと笑う水衣の言葉に、今度は志狼が赤くなった。 「んでも、お前おじさんとかにはちゃんと言ってきてるんだろうな」 咳払いしてから、ちらりとエリィを見て言った。 「ん〜、言ってくる時もあるしぃ、言わない時もあるなぁ。今日は言ってきたけど」 あっけらかんと、エリィは言い放った。 「おじさんたち、寂しいんじゃないか?」 あはは、と全員が苦笑した。
PM8:00。御剣家、玄関
「んじゃ、気をつけて帰れよ…って言っても、道路挟んで直ぐだけどな」 言ってから苦笑する志狼。 「また、明日な」 エリィは満面の笑みで。志狼は苦笑を貼り付けて。
PM10:00。御剣家。
「明日の教科書は準備OK、制服もOK。その他まとめてオールOK!と」 指差し確認し、布団の中に潜り込む志狼。 「…いつまで続くんだろう」 こんな、平凡で、平和な日常が。 (お休み…) だからこそ、自分は倒れることなく、戦い続ける事が出来るのだ。
「…」 陸丸は、月明かりを利用して、黙々と巻き物を読んでいた。 「…はぁ、とりあえず、書かれてることを全部やってみるか」 書かれていることとは、彼が幼い頃より、父からずっと教わってきた事そのままなのだが。
拳火と水衣は、部屋に入るなり、早々に床に就いた。 「「…」」 だが、中々寝付けない。 (いや!お師さんに限ってやられるなんてこと、あってたまるか!) 今はまだ、火星に帰れない。
ユマは、どことも知れぬ作業部屋で、黙々とある物を作っていた。 (絶対に、認めさせてみせる) ただ、その思いだけを糧に。 『ユマ…』 いつか、倒れてしまうのではないか?
ブリットは1人、御剣家の屋根の上で、月を見て物思いにふけっていた。 「…」 何を考えているのか。
同時刻。ベル家。
ベッドの中で、エリィは考えていた。
明日も、日常が続く。
|