「明日か」

御剣邸の居間。

剣十郎が夕食後の茶を飲みながら1人呟いた。

全てが明かされるときが、ついにきたらしい。

心なしか、皆落ち着きが足りない。

その中でも、特に様子がおかしいのが、彼の息子である、志狼だった。

「…」

何かがおかしい。

心ここに在らず…いや、少し違う。

何か、迷いのようなモノを抱いているように見受けられる。

それも当然かもしれない。何せ、敵が何かも分からずに、今までただがむしゃらに戦い続けてきたのだ。

剣十郎は、少し前、ヴォルネスの心配していた事−パートナーを解消されるのではないか、

という疑念に対し、『心配するな』といった事があった。

だが、今の志狼を見ていると、それも杞憂で終わらないような予感がする。

ヴォルネスの疑念が現実となってしまう可能性もあながち捨てきれないような、そんな気がしていた。

だが、それもいいかもしれない、と剣十郎は思う。

自分と同じように、その手を血で染めて欲しくはない、という考えも、実は彼の中にはあった。

彼が悩みぬいた末に剣を捨てることがあっても、自分は非難したりはしないだろう、と。

なんにせよ、選ぶのは志狼自身だ。

それでも志狼のことだ、最終的には…恐らく。

彼の戦う理由はただ1つ。その思いが、いかに重いものであるか。

志狼を見守り続けてきた剣十郎は、よく知っている。

「!」

突然、玄関の方角から、一瞬懐かしい気配が漂った。

湯飲みをテーブルへと置き、立ち上がる。

「少し、夜風に当ってくる」

「お、おう」

志狼にそれだけ言い残し、剣十郎は家を出た。





「やあ」

「突然だな。それもこの夜中に」

茶色い瞳。白い髪。そして、剣十郎の嫌いな、連邦の白いコート。

玄関口に立っていたのは、彼の古くからの友である、クロンだった。

「何の用だ」

「ご挨拶だなぁ、戦友に対して」

苦笑するクロンを、無言で睨みつける剣十郎。

「相変わらずだね、剣十郎は。まぁいいけどさ」

「用件を言え」

「ふむ。ではそうさせてもらおうかな」

ちらりと、御剣邸を見て、クロンは海岸へと歩き出した。

「場所を変えよう。ここでは…ね」

「よかろう」





彼らは海岸の、結界の中へとやってきた。

「ここなら多少騒いでも誰にも迷惑が掛からない」

と、クロンはコートの中から、2本の剣を取り出し、構えた。

「ゲームしよう、剣十郎。一本入れたほうが、入れられた方に1つ、言う事を聞かせる事が出来る。どう?」

「魔剣…いや、聖剣クロスジャッジメントか」

彼の手に握られているのは、神剣と魔剣を巡る戦いで彼が愛用していた双剣…クロスジャッジメント。

「本気、ということか。そうまでして志狼を手に入れたいのか、クロン」

「それもある。が、僕が欲しいのは、彼だけじゃない」

剣十郎は、腰の木刀−仕込み刀に手を添え、一気に抜刀する。

「一本、入れた後にゆっくりと話をしてあげるよ」

「うぬぼれるな」

「うぬぼれているのはどちらかな」

ドンッ!!

一瞬にしてクロンの姿が掻き消える。剣十郎は半ば反射的に両足を大きく開き、身を沈める。

次の瞬間、頭部スレスレに、剣が左右に走った。

「そんな刀じゃ、このクロスジャッジメントを受けきれないぞ」


クロンの剣…クロスジャッジメントは、紅蓮の炎で包まれていた。

「承知している」

言われるまでも無い。剣に収束されている炎のマイトは自分の御雷落しのそれを軽く上回っている。

「何時まで避けられるかな」

ヒュヒュヒュヒュヒュヒュッ!!

目にも留まらぬ素早さで双剣を操り、上下左右縦横無尽に斬撃を繰り返すクロン。

クロンの言った通り、刀で一度でも受ければ即座に叩き折られる。

「ちぃ」

一旦距離をとり、体勢を立て直す。

剣十郎は虚空へ雷球を十数発、即座に生成。それをクロンに向かって発射する。

「無駄だよ」

クロンはクロスジャッジメントを地面に突き刺す。

次の瞬間、剣十郎とクロンの間に水柱が立ち上り、剣十郎の放った爆裂雷孔弾を絡め取る。

「クロス…したか」

剣十郎の指摘に、クスリ、と笑うクロン。

(聖剣…クロスジャッジメント)

先の戦いの折から、彼が愛用している剣。この剣を知る者は、口を揃えてこれを魔剣と呼んだ。

この剣の特性は、使用者のマイトを増幅することと、もう1つ。

己の属性を、真逆の属性へと変換する事が出来ること。

つまり、生まれ持った属性を無理矢理書き換えることになる。

当然、そんな無茶に体は耐え切れず、手にした者は例外なく死亡した。

それゆえ、生み出されて此の方使い手が現れず、本来聖なる力を宿した『聖剣』と称されるはずだったこの剣は、魔剣と呼ばれ続けることになった。

そこに、例外が現れた。

双剣のクロン。

彼は、属性変化に耐え切り、見事にクロスジャッジメントを使いこなしたのである。

だがそれでも、使用する際、彼を凄まじい苦痛が襲う。

いや、襲っていた、というべきだろう。

「クロスジャッジメントを完全に駆使するようになったか」

彼はこの十数年でそれすらも克服し、今やクロスジャッジメントは名実供に彼の愛剣となったらしい。

クロンが剣を軽く振ると、水柱が剣十郎に襲い掛かる。

自らの雷と、クロンの強力な水のマイト。直撃すればただではすまない。

電光石火を発動し、剣十郎は水柱を回避する事に成功する。

だが、一息つく間もなく、背後からクロンの剣が迫る。急速前進し、剣を紙一重でかわす。

剣鬼と謳われた剣十郎が、防戦一方だった。距離をとろうにも、スピードでは向こうに分がある。

当時の仲間内では、彼のスピードは最速だったのを思い出し、軽く苦笑い。

右のクロスジャッジメントを振るクロン。

身を引き顔面僅か数ミリの距離でかわす剣十郎。そのまま刀で斬りかかろうとして、とっさに危機感を覚える。

クロンは空振りした体の勢いを止めずむしろ速め、再度クロスジャッジメントを剣十郎に向かって振る。

ギィンッ!!

「!!」

とっさに刀でクロスジャッジメントを受け、直撃を避けるが、刀を弾かれる。

刀は空中へと跳ね飛ばされ、そして砕け散った。

電光石火で距離をとる剣十郎だったが、既に勝負は付いたと言ってもいいだろう。

何せ刀を砕かれてしまったのだから。

「剣十郎。分かったろう。今の状態では僕にすら勝てない」

「…」

「轟雷剣の封印を解け。剣十郎」

「何!?」

クロンの発言に目を見張る剣十郎。

「必要な時のために封印したのだろう?今がその時だ」

「確かに、轟雷剣は強力無比だが…必要ない。新たな世代に、力は芽生え始めている」

「それだけでは足りないんだ!!」

「!」

クロンの激昂に、剣十郎は驚いた。

普段からあまり感情の起伏が大きくない彼が、声を荒げるとは。

「僕が連邦に入って十数年!組織を変えようと努力してみたが…1人の力では限界がある!!」

「フン、あの腐った組織が変われるものか」

「変わらなければ、人類は滅びる!」

「…!」

「滅びるんだ。皆が、力をあわせなければ…!もう、いがみ合ったりしている場合ではないんだ!」

「貴様はッ!!」

剣十郎はクロンの胸倉を掴み上げた。

「分かっているのか!あの組織が…ワシに、美月に何をしたのかを!!」

「分かっている…!分かっているが、僕は、君に一緒に来てもらいたい!!」

「何ィ…!?」

剣十郎は胸倉を掴み上げていた手を離す。

「君と、エリクに…協力を要請したいんだ…!あの組織を内側から変えて、志狼君たちの支援をするんだ!」

「…出来ん相談だ。あの組織に身を置くなど、天地が逆さになろうともありえん…!」

「なら、力づくでも連れ帰る…!」

「…やってみろ、ワシはまだ一撃貰ったわけではないぞ」

「…!!」

クロンは炎を纏わせたクロスジャッジメントを、剣十郎に向かって振り下ろした。

だが。

クロスジャッジメントは剣十郎には届かなかった。

「!!」

クロスジャッジメントを受け止めたものがある。

黒く、巨大な刀身。柄と柄尻には雷を思わせる、金色の宝玉。

それらを覆う、雷のマイト。

「驚いたな…」

クロンの一撃を受け止めたのは。

「志狼君か」

「久しぶりですね、クロンおじさん」

力任せにナイトブレードを振り、クロンを弾く志狼。

クロンはムリには逆らわず、その勢いに乗り、後方へと飛び退る。

「志狼!」

「どうしたの、突然」

「おやおや、おそろいか」

志狼に続いて、拳火や水衣、陸丸、鈴、ユマが結界内に侵入してきた。

少しはなれたところではいつの間にかブリットが腕を組み、こちらを見ている。

「どういうつもりですか」

「何、久しぶりに剣十郎と剣を交えてみたくてね」

クスリ、と笑うクロンに、志狼は警戒を解かない。

(それにしても驚いたな…僕の剣を受けきるなんてね)

いかに彼の持つ剣が強力であっても、クロスジャッジメントを振るクロンの力は決して弱いものではなかった。

「この数年で…随分と腕を上げたんだね」

「おかげさまで」

クロンの褒め言葉にも、志狼は棘のある言葉で返した。

それも当然だろう。懐かしいマイトを感じて飛び出してみれば、父親が斬られる寸前だったのだから。

それにしても…

「驚かないんですね。俺が真剣を持っていても」

「聖剣ナイトブレード」

「!」

「知っているさ。剣十郎と供に旅をしたんだ。ありとあらゆる剣の知識は頭に入っている」

納得する志狼。それでなくとも、彼は連邦の委員なのだ。

自分達の身の回りで何が起こっているのか、既に知っていてもおかしくはない。

「おお、コレは珍しいお客様だね♪」

「あら〜、クロンちゃんじゃない〜!」

「あ!クロンおじ様!」

「!エリク、リィス…それにエリィちゃんか」

一行に近付いてくるのは、エリク、リィス、そしてエリィだった。

(この結界内のマイトの動きに感付いたのか…相変わらず鋭い)

肩をヒョイと竦め、クロンはエリクをちらりと見た。

「どうしたの、シロー。こんな夜中に」

ナイトブレードと、クロンのクロスジャッジメントを視線に収めると、一瞬息を呑むエリィ。

「何で剣を持ってるの、クロンおじ様」

「コッチが聞きてぇよ」

志狼とエリィが、同時にクロンに視線を送る。

(…)

クロンは表情を一変させる。

(彼等が、今後の情勢の鍵を握る、最重要人物)

だが、その表情も一瞬で消える。

「しょうがない、今日のところは退散するとしようか」

クロンはクロスジャッジメントをコート内の鞘に収める。

「また日を改めて話をしよう、剣十郎」

「まぁ待ちなよクロン。何もそんなに急がずともいいじゃないか。折角だし、家に上がって行けばいい」

微妙にエリクの言葉がぎこちない上に、満面の笑顔。

クロンは知っている。あれは僅かに怒っているときのエリクのサインだ。

彼は戦闘があった事など気配で容易に察知できるであろうし、彼がエリィや志狼を狙っているのを知っている。

普段から彼らにはあまり近付くなと釘を刺されていたのに、こうも堂々と訪問してきたので、どういうことなのか問

いただそうとしているに違いない。

「エリク。昔の君の話を娘さんに聞かれたくなかったらこのまま行かせて欲しいな」

エリクの表情が一瞬引き攣る。

クロンはクスリと笑うと、そのまま立ち去っていった。

「危なかったな、志狼」

「ブリット」

傍に来て開口一番ブリットはそう言った。

「まともにやりあったら…」

「冗談じゃねぇ、考えるだけでもゾッとすらぁ」

志狼は剣撃を受け止めた反動で、痺れた手をさする。

「クロン…」

剣十郎はクロンが立ち去った方向をじっと見つめ続けていた。





「…誰だか知らないが、止めないか?今はやりあう気になれない」

御剣邸の近くの林で足を止め、クロンは言った。

あたりに人気はない。だがクロンは、確かに気配を感じていた。

と、突然草むらから人影が複数飛び出した。

「ほう。確か…」

草むらから飛び出してきたのは、シードが生み出す、緑色の人型のモンスター。

すっかり周りを囲まれている。戦闘は避けられそうにない。

「やれやれ…家路に着く途中モンスターと遭遇か。ファンタジーゲームだな、まるで」

クロンはコート内に手をいれ、クロスジャッジメントを抜刀する。

「悪いが、押し通らせてもらう」

ゴゥッ!!

右手のクロスジャッジメントから、炎が噴出した。





「剣十郎さん…先程の方は、どなたなのですか?」

「ん?」

居間に戻った一行は、一息ついたものの、先程の人物が何者であるのかが気になって仕方がなかった。

ユマの問いは、全員の疑問だった。

「…あいつは」

「僕達の戦友です。名はクロン。双剣のクロンと、当時敵に恐れられていました」

流れで御剣邸に上がりこんだエリクが口を開いた。

「あの双剣…かなりのものですね」

「聖剣クロスジャッジメント。神剣に限りなく近い聖なる力を持った名剣だよ」

「生と死、正義と悪を審判する、という意味があるらしい」

エリクの説明を、剣十郎が補足する。

「神剣が手元に無いワシよりも、遥かに力が上…実質、地上最強の剣士は奴、ということになるかな」

「「!!」」

一同の目が、驚愕に見開かれた。





「憂さ晴らしにもならなかったな…」

彼の周りには、灰が山となって積み重なっていた。

油断無くクロスジャッジメントを構え、林の中に視線を向けるクロン。

「出てきなよ、折角なんだし」

クロンの言葉に答えたのか、何者かが林の中から姿を現した。

「お見事お見事ぉ。流石だね、クロン」

「…!こいつは驚いた」

林の中から現れたのは。

「勇者供の様子を見にきてみれば…久しぶりだね、クロン」

「ジュラ…!」

林の中から姿を現したのは、ジュラだった。

「十年ぶり位になるのかな」

「二十年だ。相変わらず貴様らは年月に関して大雑把だな」

どちらの顔も笑顔だが、言葉の端々に、棘が見え隠れする。

「君も愚かだね…僕らの元から離れてさぁ」

クックック、と喉の奥で笑うジュラ。

「主にぶっ殺されちゃうよぉ?」

「…!」

ジュラの言葉に、クロンの表情が強張る。

「後悔はしていない…!そちらにいても、どの道殺される…!」

「まぁ、そうだろうねぇ」

「なら、取る道は1つ!勝たせてもらう!何があっても!!」

「…大きく出たねぇ」

クスクス笑いながら、ジュラは林の中へと歩を進める。

「まぁ、精々頑張りなよ…クックックック」

そしてそのまま闇の中へと消えていった。

クロンはクロスジャッジメントを鞘へと収め、拳を固く結んだ。

「時間が無い…!急がなければ…!!」

クロンは使命感を新たに、天を仰いだ。

「それにしても、妙だな…」

ふと、クロンは先程の事を思い出す。

己の放った一撃を受け止めた、あの剣。

志狼の持っていた、聖剣ナイトブレード。

「僕の記憶が正しければ、ナイトブレードは眩いほどの白色だった筈だが…」

クロンの呟きは、闇に解けて消えた。