人間の生命――マイトを喰らい、成長する、『魔剣』。
そして…剣魔王バサラとの熾烈極まる死闘から数日後。 「では、神剣を返却するつもりはない、と」 里の長の質問に剣十郎は、はっきりとそう答えた。 「轟雷剣は既に己の一部…この身が汚果てるその時まで、手放すつもりはありません」 既に運びこまれてきた時の、死相すら浮かんでいた表情は、欠片も存在しない。 「構わぬよ」 神剣といえば、対妖魔用の決戦兵器であり、 「結局、この轟雷剣を抜く事が出来るのは、世界広しと言えど人類でただ一人…君しかいない。 とんとん。
「はい」 続けようとした長を遮って、控えめに襖を叩く音が聞こえる。 「お茶が入りました」 襖を開けて、一礼。 「ああ、剣十郎君、続きなんだがね」 剣十郎は、慌てて長に向き直る。 「神剣の所在に関してなんだが、君に所持していてもらった方が、こちらとしても都合がいいのだよ」 自分が所持していた方が都合がいい? 「実はだね。神剣の管理をすべき巫子が、神剣と同じ場所に居たいと言っているのだよ」 剣十郎は更に首を捻り、美月は目を見開いた。 「真意は察してくれたまえ」 ガシャン!と強く床にお茶の乗った盆を叩きつける美月。 「は、いえ、その…」 里の長とは、誰であろう、美月の実の父親だった。 「一目見て分かったさ。少し寂しいが、何、君ならば安心して娘をだね…」 かぁぁぁ、と、見る見るうちに美月の顔が紅潮していく。 「はっはっは。剣十郎君、凄い汗だぞ。大丈夫か」 緊張の度合いでいえば、バサラとの決戦直前とは比べるべくも無く― 「ん、そういえば…エリクやクロンたちはどうした?」 昨日気がついてから、彼らの姿が見えない。 「ええっと…」 長の言葉に頭を押さえる剣十郎。 「必ず助かる君に付いてるなんて時間の無駄だ、と。3人とも同じことを言っていたよ」 長も美月も微笑んで言った。 (…) そういえば、旅が終わってしまえば、自分は何をすればいいのだろうか。 「とりあえず、皆さんに会いに行ってみては如何でしょうか?」 表情に出ていたのだろうか。 「…」 にっこりと、美月は微笑んでいる。 (そうだ) クロン、リィスに夢があるように、自分には美月がいてくれる。 「よし」 それでいい。 「行くとするか」 決意と共に立ち上がる剣十郎。
ふわっ
「…?」 そんな剣十郎の手元に突然、紙飛行機がひらひらと落ちてくる。 「これは…」 紙飛行機には、小さく『E・B』と書かれている。 「エリクさんのマイトですね」 紙飛行機から感じる風のマイトは、間違いなくエリクの物だ。 「聖域の結界を通って剣十郎君のマイトを伝ってきたのか…大した術者のようだね、エリク君は」 口が悪くて態度も悪いが、マイトを扱う技術も一級品だ。 「…?」 だが、この紙飛行機が何を意味するのかが分からない。 『手伝え。 集合場所…俺様の家。 持参品……各自の武器。顔を隠せるもの。(仮面、グラサン等。説明させんな) 日時………1秒以内(遅れたら、俺様判決即死刑)』 相変わらず、ふてぶてしいにも程がある。 「どうします…?」 苦笑いして剣十郎に尋ねる美月。 「…丁度いいだろう。まずはエリクの所だ」 指の関節をバキボキと鳴らし、剣十郎は頬をヒク付かせた。 そして、これから… それから数日後。 「あのクソジジイ…俺がどんだけ頼んでも、『娘はやれない』とか吐かしやがった」 何だかよく分からないが、延々とエリクの愚痴を聞くはめになったのである。 「この俺が、どれだけ頼んだと思ってやがる…ッ!!!」 男連中のやり取りに一人、美月は苦笑いするしかなかった。 「でもまぁ、うん。何が起きたのか、想像は出来て来たかな」 情報整理などは、主にエリクの担当だったのだが、当の本人があれでは、文字通り話にもならない。 「つまり…、リィスに求婚したはいいけれど、父親が許してくれない、と」 クロンの指摘に、エリクは強く深く頷いた。 「だからもういっそ、かっさらって駆け落ちしようって思ってよぉぉ…!」 美月は唖然とし、剣十郎は頭を抱える。 「あのねぇ…連邦の士官を目指す僕に、人拐いをたのむわけ?」 クロンは苦笑いしながら尋ねる。 「…作戦は?」 呆れ口調で剣十郎が聞いてみる。 「まず、剣十郎が門を破壊。混乱に乗じて潜入。美月さんの決界で迎撃システムを無効化…」 作戦などと言うお上品なものではなく、正面突破で堂々と、という。 「おいエリク」 もの申そうとした剣十郎を、クロンが小声で制した。 「何故止める」 美月にまで制止され、剣十郎はおし黙る。 「…エリクさんの、リィスちゃんに対する愛情を考えてみれば、当然の反応なのかも知れません」 旅の途中、彼等の全てを見てきた三人は改めてエリクを見る。
律儀に謝る美月に、クロンは苦笑を洩らした。 「さて。で、どうする?」 クロンの問いかけに、エリクも耳を傾けて様子を伺っている。 「勿論、力をお貸しします。私でよろしければ」 考えるまでもない、とでも言うように。 「仕方ない…逆アプローチで、連邦に力を売り込むとしましょうか」 二人がここまで言うならば、反対する理由もない。 「妖魔を相手に戦ったのだ。今更人間相手に憶するものかよ」 涙腺を弛ませるエリク。 「クラウンホテル40階、最高級レストランのディナーフルコース」 クロンの発言に、エリクが固まる。 「まさか、嫌とは言わないよねぇ?」 不敵な笑みだとばかり思っていたそれは、見返りは分かっているんだろうな、の底意地悪い笑みだったらしい。
ズドン
「特上うな重二人前」 今回使うつもりで持ってきたのか、剣十郎が般若の面を被りながら、 「安いもんでしょう?世界最強の傭兵を三人も、一食分で雇えると思えば」 ニッコリと笑いながらクロンが言った。 「あの…旅先で食べた白玉あんみつをもう一度…」 信じていたのに。 美月の言葉に、ガックリと項垂れるエリクだった。 「リィスちゃんと、二人で…食べに行きたいのです」 その一言に、エリクはパッと顔を上げた。 「行きましょう。リィスちゃんのところへ」 剣十郎も、クロンも、今度こそ本当の不敵な笑みを浮かべて頷いている。 「…ああ!」 エリクは強く頷いて、煙草の火を風のマイトで吹き消した。
「どうした、リィス。食が進んでいないようだが」 食事に全く手を付けていない娘を見て、アルゴ=アトモスフィアは食を止めた。 「…」 だがリィスは返事を返さずに、うつむいたままだった。 「…あの小僧のことか?」 僅かに反応し、顔を上げるリィス。 「お父様〜…何故エリクさんを〜、認めて下さらないの〜?」 アルゴは答えずにワインを一口含む。 「これは何だ?」 書かれている額が、記憶にある彼女のお小遣いと同額だ。 「次に〜、エリクさんが〜、どういう行動を取るかなんて〜お父様にも〜、分かっているでしょう〜? 書かれている額は、屋敷の使用人が全員、
ズドォォオオオンッ!!!!
轟音と共に、屋敷の巨大な門が空高く舞い上がった。 「さて、リハビリの時間だ」 拳をプラプラと振りながら、般若が呟いた。 「手加減を忘れていなければいいが」 ピエロの仮面を被った少年が、双剣を抜き放ちながら般若に釘を刺した。
とん、とん、とん
後ろ足で、三度ステップを踏み、扇を広げる。 「起きて、『雷扇』」 扇を振るうと、紫電を放ちながら、その全長が身長とほぼ同等に巨大化する。 「破ッ!!」 扇を再び振るう巫女。 「疾ッ!!」
バシィッ!!!!
瞬間、時面を黒い雷が走り、迎撃システム、監視カメラを軒並み破壊する。 「…ごめんなさい」 狐の巫女の呟きは、果たして住人に届いただろうか。 「美月さん。いちいち誤っていたら、きりがないよ」 迎撃に現れた数人の黒服達は、懐から銃を取り出し構えた。 「止まれ!」 瞬きをするその一瞬で、クロンは黒服達の背後に立っていた。 「ごめんね。通らせてもらうよ」 次の瞬間、黒服達の持っていた銃が、 「ボン」
パチンッ
指を軽く弾くと同時に、銃の残骸が発火し、消滅した。 「ありきたりな忠告で恐縮だけれど。怪我したくなかったら逃げといた方がいいよ」
ギャズンッ!!
鼓膜を貫く轟音が、抗議の言葉を喰らい尽した。 「ね。これは純粋な善意から言ってるんだ。最悪、この場でじっとしてるといいよ」 言われるまでもなく、黒服達は顔面蒼白になり、動きを硬直させていた。 「と、言うか」 クロンは、地獄絵図の実行犯にツカツカと歩み寄り、 「舌の根が乾かない内に!殺す気かい!?」 般若は自らの掌を見つめて、こめかみに汗を浮かべていた。 「ひょっとして、剣魔王を倒して、更に力が増してしまったのか?」 呆れ顔でため息をつく二人に、正座して小さくなる剣十郎だった。 「…ん?」 剣十郎はふと、慣れ親しんだ気配を感じて轟雷剣の柄に手を添える。 「おいおい…冗談だろう…?」 30人あまりの人間が手に持っているのは、多種多様の魔の種。 「バサラが回収し損ねた魔剣…あんなにあったのか」 美月とクロンが身を硬くした。 使い手の命を吸い、力を高める魔剣。 「美月、封印解除だ。一気にけりをつける」 屋敷の主の命令かは知らないが、魔剣を使い続ければ、いずれはマイトが枯渇し、死に至る。 「『開放』して、正気を保てるのか。病み上がりの身で」 クロンの問いかけに、剣十郎は即答して、轟雷剣を鞘から開放する。 「起きろ、『七聖・轟雷剣』」 剣十郎の言霊に、鞘から徐々に徐々に引き抜かれていく轟雷剣の剣先が、七又に分かれ、神々しい金色の光を放っていく。 「美月」 美月が、剣十郎の背中に手を当て、目を瞑る。 「『我、闇夜美月の名に於いて、今ここに雷神の戒めを解かん』」
ガシャッ!!ガシャガシャンッ!!
金属がぶつかり合うような音を立て、剣十郎の体から透明な鎖のようなものが一つ、また一つと外れていく。 「我流剣術、真極…『御剣之閃衣[みつるぎのひかりごろも]…発動ッ!!!」 次の瞬間。 「…剣十郎?」 クロスジャッジメントを油断なく構えながら、恐る恐る剣十郎に声を掛けるクロン。 「うむ。問題ないな」 アッサリと言い放つ剣十郎に、クロンも美月も肩を落とし、盛大に溜め息をついた。 「今度こそ、加減を間違えるなよ、剣十郎」 次の瞬間、剣十郎の姿が掻き消える。 「剣を使わなければいい」 次に目の前に姿を現した剣十郎の片手の指の間には、半で折れた四本の魔剣の剣先が握られていた。 「い、一体何が…」 何が起こったのかも把握出来なかった美月は、クロンの解説に愕然とした。 「これならば問題あるまい」 通常、魔剣を破壊する方法は主に三つ。 「我が身には、神剣の神気が宿っている。この程度、造作もない」 事も無げに、剣十郎はアッサリとそう言い切った。 「…」
バキキッ!
指の間接をバキボキと鳴らし、剣十郎は黒服達に向かって悠然と向かっていった。 「あ、お面蒸発しちゃったか」 人間と言うには、あまりに異形な今の剣十郎と、普段の彼がそう簡単に結び付かないだろうし、 「さて、誘動としては充分だろう」 本命――あのヤサグレ魔法使いは、果たしてお姫様に接触出来ただろうか。
「…予想以上に凄まじいな。お前の友人達は」 モニターに報告されてくる被害報告に、オルゴは絶句していた。
タッ
「行動力、人脈、度胸…大したものだな、小僧」 リィスの視線の先―窓の外のバルコニーに、ロングコートをはためかせ、白髪の魔術師が降り立った。 「…」 どうやってここまで、とは聞かない。 「おまけに、頭に血が上っているかと思えば、肝心な所で冴えている」 逆転の発想だ。 「だが、最後の最後でツメが甘いな」 オルゴの言葉が合図になっていたのか。 「どうする?貴様が術を発動するよりも、こ奴らが発砲する方が速いぞ?」 観念したのか。 (…?) オルゴは胸に違和感を抱いた。 (あの小僧が、憎まれ口一つ叩かずに、つっ立っている…?) さしもの奴も、危機感で大人しくなってしまったのだろうか。 (ありえん) あの、エリク=ベルと言う男は、例え殺されそうな事態に陥っても、 「へっ、撃てるもんなら撃ってみやがれクソジジイ」 (そうだ、こんなふうに、…?) 今の声は、間違いなくエリクのものだ。 「馬鹿な…!」 この部屋の入口からだった。 「な、貴様!」 慌てて振り返る黒服達だったが、途中で動きを硬直させた。 「ウゼェから動くなテメェら」 (風の拘束か…!?) 体をピクリとも動かせない。 「訳が分からねぇ、ってツラだな。凡人ども」 ククク、と底意地の悪い笑い声を上げるエリク。 「幻影だよ、コイツは」
パチン
指を弾く音とともに、バルコニーに佇んでいたエリクは消えた。 「!?」
カツカツ トテトテ エリクの足音ともうひとつ、小さな足音が横を通り過ぎる。 「り、リィス!」 悠然と通り過ぎるエリクの傍らには、外出着を着込んだリィスがいた。 「この女はトロくせぇからな…荷造りに時間が掛ると思ってよ。一芝居打ったって訳だ」
パン!
エリクはおもむろに手を叩く。 「音が聞こえる原理ってなぁ、何だ?」 空気! 「ご明察。風の結界で音を遮断して、随分前に侵入してたんだよ。俺は」 良くできましたと、こ馬鹿にしつつ、エリクは拍手した。 「まだだ」 リィスとオルゴは、食後からエリク達の襲撃まで、ずっと一緒にいたのだ。 「俺が…光を操る古代魔法が使えるとしたら?」 浮遊、幻影、不可視、消音。 「光で姿を消し、風で音を消し、あんたの目の前を歩いて…リィスを連れて部屋まで、って訳だ。 エリクに、お姫様抱っこされ、首に手を回すリィス。 「光の古代魔法…まさか貴様、白の…!?」
トン
ロングコートを翻し、エリクは軽やかに月の煌めく夜空を舞う。 「…」 その場の誰もが為す術もなく、それを見送っていた。
「!どうやら、ミッションクリア、の様だね」 頭上を通り過ぎる光を視界に捉え、クロンは双剣を鞘に収める。 「撤収しよう。丁度こっちも終わった所だし」
チョッキン
人差し指と中指で魔剣をはさみ込み、最後の魔剣を処理する剣十郎。 「美月」 剣十郎の胸に手を当て、念じる。 「『我、闇夜美月の名において、乞い願う。雷神よ、再び眠りに付き、静まりたまえ』」
パキパキパキ…!ガシャン!
ガラスが破れたような音と共に、剣十郎の角や爪、神衣がひび割れ、粉々に砕け散る。 「さてと。お前達は先に行け」 頷くと、剣十郎は屋敷に向かって駆け出した。 「本当は付いて行きたかったんでしょう?」 クロンの問いに、門に向かって走りながら、美月はコックリと頷いた。 「はい…しかし、脱出の際に単独で電光石火を使用すれば、難なく屋敷を出られるでしょう」 黒服達が使用していたあの魔剣は、どこから持ち込んだ物なのか。出処をはっきりとさせ、 「リィスちゃんのお父様に対して、私たちがこれ以上刃を向けることのないよう…気を使ってくれたのでしょう」 仲間の親だ。流石に命までは奪わないだろうが。 「神剣士の使命と、情の板挟み…か」 なるほど。美月が付いて行きたかった気持もよく分かる。 「ねぇ、美月さん」 美月は明らかな動揺を表情に出すと、不意に袴の裾を踏み付ける。
ツン、ツン、ツン、ドベッ
片足立ちで数歩進み、堪えきれずに倒れた。 「うわ〜、美月さんのドジ、初めて見たかも」 途端に、美月の顔が真っ赤に染まった。 「し、知りません!」 勢いよく立ち上がり、美月は目にも止まらぬ速さで走り去った。 「…電光石火顔敗けだねぇ」 あっという間に米粒大の大きさになった美月の背中を、クロンはクスクスと笑いながら追い掛けた。
剣十郎は屋敷の中に入り込むと、混乱して右往左往するメイドの一人に声を掛け、 「ありがとうございます」 最後に礼を言い、剣十郎はメイドを下がらせる。 「失礼」 扉を開け、部屋の中に入り込んだ剣十郎は、唖然とした。 「御剣…剣十郎君かね」 悪意のような物を感じない。 「顔も合わせずに申し訳ないが、なにぶん動けないものでね」 ククッと、剣十郎は苦笑いしながら抜刀する。 「あの男が術を掛け違えるとは、余程緊張していたと見える」 「自分はあまり術式には詳しくありませんが、少なくともこの拘束、 放っておけば一週間は解けません」 あの男が緊張していたなど、にわかに信じがたかったが、剣十郎が嘘をついているとは思えない。 「破ッ!」 マイトを収束し、轟雷剣を床に突き立てる。
パァンッ
何かが弾ける音が響き渡る。 「!動く」 同時にオルゴや黒服達がよろめき、硬直が解かれた。 「助かった。礼を言う」 剣十郎は轟雷剣を鞘に納めずに言った。 「あの魔剣の出処を、教えて頂きたい」 振り返りながら、オルゴは剣十郎を見る。
黒ならば、斬る。
殺気を隠そうともしない剣十郎に、黒服達は拘束を解除されたにも関わらず、再び動きを封じられる事になる。 「残念ながら、我々は製法を知らない」 「…何のために」 僅かに轟雷剣が動く。 「破壊を頼まれたのだ。…リィスにな」 「だが、破壊には想像以上に多量のマイト、時間、労力を使う事が分かった。 ただ無力に侵入を許していたかと思えば、どうやら試されていたらしい。 「もう、いいのかね」 剣十郎が殺気を収めたことで、黒服達が一斉に重い空気を吐き出した。 「下がっていいぞ」 オルゴは黒服達を下がらせると、剣十郎に向き直る。 「リィスは…迷惑を掛けなかったかね」 途端、剣十郎はこめかみに汗を浮かべ、視線を反らした。 「ああ、いい。理解した。それだけが気がかりだったが、命が無事で何よりだ」 苦笑する両者。 「…あの男は」 恐らくは、コレが本題だろう。 「兎角口が悪い」 オルゴは肩を落とす。 「他人を見下し、努力を嫌い、煙草を多量に吸い、酒を飲んでは酔ってもいないのに酔ったフリをする。 良くもまぁスラスラと悪態がつけるものだ。 「しかし」 満足したのか、オルゴは頷いた。 「邪剣を倒し、これから何を成すべきなのか…何も見えぬ自分よりも、彼は何をしても上手くやるでしょう」 不意に口にしてしまった悩みに、剣十郎は口を押さえる。 「君がすべき事は山のようにあるさ」 オルゴは左手の甲を下に向け、甲を右に向けた右手をクイクイ、3度動かした。 「君は、茶を飲んだ事はあるかね?」 左掌を下に向け、右手に何かを持ったしぐさで、右手を静かに下ろす。 「花を生けたことは?」 そして、もう一つ。とオルゴは人差し指を立てる。 「魔剣はまだ、全てが滅んだわけではない」 それは、自分の使命だろう。 「剣以外を知ること。魔剣を全て根絶すること。…それから、愛する女性と共に居る事。闇夜…美月さんと言ったかな。彼女は」 剣十郎の顔が朱に染まる。 「これから君は、それらに専念すればいい」 一礼して、剣十郎は部屋を出て行く。 「剣十郎君」 突然、呼び止められる剣十郎。 「コレを…あの男の頭が完全に冷えたと君が判断した時に渡して欲しい」 オルゴが差し出したものは、一通の手紙だった。 「…承知しました」 剣十郎はそれを大事に懐に仕舞うと、一礼して今度こそ部屋を後にした。
「それで?どうなったんです?」 志狼はソファに腰掛けながら、対面に座るエリクに質問した。 「その後、クロンを除いた4人で、剣十郎さんたちに付き合って数年旅を続けてね…」 当時を思い出したのか、エリクとリィスは遠くを見つめてうっとりしている。 「それで家が隣同士だったりしたのか」 志狼は納得して頷いた。 「道中では〜妊○しないように〜しっかり避○を〜」 そういう理由もあったのか。 「ま、そう言うわけ。君にしてみれば鬼に見えるかもしれないけれど、剣十郎さんも人並みに悩んでた時期があったんだよ」 俯く志狼に、エリクは苦笑いする。 「今日は遅くなっちゃったし、家でご飯を食べていきなよ」 戸惑い遠慮する志狼に、エリィも一緒になって手を引いて誘う。 「普段エリィがお世話になってるみたいだし、たまにはこちらの誘いに乗ってくれないかな」 エリィに手を引かれてリビングを出て行く志狼。 「じゃあ〜、私はご飯の支度を〜してくるわね〜♪」 続いてリビングを出て行くリィスを見送り、エリクはまた苦笑いする。 「そっくりだな、剣十郎…お前と息子は」 剣に対して真剣に生きるあの姿は、若い頃の剣十郎にそっくりだった。 ふとエリクは立ち上がり、結婚を決意した瞬間に剣十郎に渡された手紙の中身を思い出した。 『エリク。 お前が実力と知識、そしてリィスへの愛を兼ね備えた人間である事は知っている。 だが、それだけでは足りん。 お前には、目標がない。 金もある。伴侶も居る。だが、お前はそれだけでは何時か生き甲斐を失う。 何でも出来るからこそ、お前は何に対しても情熱を持って生きることが出来ない。 ゆえに私は、お前に指針を示そう。 古代の遺跡調査と、技術の発掘を、お前に手伝ってもらいたい。 世に、古代の技術と知識を広めるのに、お前の実力を遺憾なく発揮して欲しい。 折を見て話そうと思っていたのだが、予想以上に行動力があって驚いた。 だがそれでこそ、リィスの婿にふさわしいとも私は思う。 連絡先を記しておこう。 その気になったら連絡してくるがいい。 …オルゴ』 「親…か」 手紙を見た瞬間、エリクは剣十郎の前で、不覚にも涙を流してしまった。 「それでも、歩き続けるしかないんだ」 歩き続ければ、景色は変わる。 (大丈夫) 自分や剣十郎にも、未来は拓けたのだ。
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