そこは深き闇の支配する樹海の奥。
その闇に紛れ、一体の巨人が佇んでいた。ヴァルトスである。
失われた左腕は、既に修復されていた。その他、外装も所々が強化されていた。
その傍らには、一台の小型輸送船が着陸している。補修用の設備や資材を運んできたものだろう。
「修復は終わったようですね」
その機体に語りかけるような声の主は、ヴァルトスの目前に立っていた。
紅いウェーブ掛かった長髪、青い双眸、その肌は色白で、全身は黒のローブで覆われていた。
その表情には笑みを浮かべているが、それは無表情に張り付いた作り笑いにしか見えない。
『……ノワールか。今、全ての調整が終わったとこだ。それより、何の用だ』
機体からの声。ヴァルトシュヴァインのものだった。不機嫌を覆い隠そうともしない。
ノワールと呼ばれた女性は、笑みを崩さぬままに言葉を返す。
「ふふふ、嫌われたものですね。とはいえ、仕事さえこなして頂ければさほど気になることでもありませんが」
『皮肉のつもりか。用が無いなら失せろ。ヴォルネスは必ず手に入れる』
取り付くしまも無いほど、きっぱりと言い捨てるヴァルトシュヴァイン。
「そうですか。ではよろしくお願いしますよ、ヴァルト=シュヴァインさん」
『区切って呼ぶんじゃねぇっ! 撃たれたいのかよっ!?』
ヴァルトスの左腕に装備されたシールド、その裏側からハンドガンを取り出し、次の瞬間には銃口がノワールを寸分違わずに捉えていた。
『貴様は俺の仕事の依頼人だ……だが俺の誇りを汚すようなら、今この場で粉々に吹き飛ばしてもいいんだぜ!?』
「そして貴方は、彼女への道を閉ざすことになる……でしょう?」
激昂を露にするヴァルトシュヴァインに対し、ノワールはあくまでも笑みを絶やさずに告げた。
『フン、そいつも怪しいもんだな。お前がハルカの所在を知っている保障がどこにある!』
「では、撃ってみますか」
あっさりと告げられた言葉に、彼は絶句した。ノワールの真意を測りかねたのだ。
しかし即座に気を取り直し、外れそうになっていた照準を合わせた。
そのまま、奇妙な膠着状態に陥ってしまう二人。
先に折れたのは、ヴァルトシュヴァインだった。ヴァルトスの銃を下ろし、告げる。
『まぁいい。嘘だとわかった瞬間にお前を撃つ。覚悟はしておけ!』
そして返事を待たずに、完全稼動させた機体を立ち上がらせ、上空へと舞い上がっていった。
バーニアが巻き起こした砂埃と爆風に撫でられながらも、ノワールはその場に立ち尽くしていた。
やがて、ヴァルトスが空の向こう側へと飛び立った頃。
「それで良いのです。私の、操り人形さん……」
その言葉と共に、傍らには音もなく、巨大な人型兵器が姿を現していた。
物語は、少し時間を遡る……
番外編 「世界を越えた出会い・後編」
『隊長、先日の戦闘区域で奇妙な反応を感知したんですが……』
全ては、セイブガードナーのその一言から始まった。
勇者機兵隊所属の補給艦、ウィングアーク。
剛斧将軍アクサスとの戦闘を終え、偶然訪れた一時の休息。
自室に戻り、仮眠をとった後、暇を持て余してブリッジへ上がって来ていた正人は、その報告に首を傾げた。
「奇妙? どういうことだ?」
『今、モニターに表示します』
百聞は一見にしかずを肯定するかのように、鮮やかにモニター表示を切り替えるセイブガードナー。
映し出されたのは、空だった。雲一つない青空。ふと、何らかの違和感を感じたような気になるが、
しかし見れば見るほどに何の変哲も無い。正人はますます混乱した。
『確かにこのままでは分かりにくいですが、こうすると』
言いながら、エネルギー測定のグラフを映像に重ねた。
すると、何の変哲もない風景にも拘らず、モニター上の空間の中心部に、
まるで渦を巻いているような高エネルギー反応を感知していたのだ。
「これは……!?」
驚愕する正人。ディスプレイの片隅でSD化されたセイブガードナーは首を横に振り、お手上げといったジェスチャーをして見せた。
『全く解析不能です。目に見えない力……例えば重力波のようなものということ以外は』
「重力波……しかし、こんな現象が自然発生するはずがない。カオスガーデンの新兵器か?」
正人は腕組みをし、様々な可能性を模索する。とはいえ、それほど挙げられる事例が多いわけではないが。
「……やはり、直接現場に向かい、調査する必要があるな」
結局、正人の出した結論はそれだった。
『そうですね。では、調査隊のメンバーを……』
「いや、私が行く。調査だけなら、一人でも十分だろう」
セイブガードナーの言葉を遮るように、正人は告げた。
「念の為に、Zスタビライザーも追尾させる」
『了解しました。お気をつけて』
その言葉に笑顔で頷き、正人は踵を返して格納庫へと急いだ。
ところ変わって、御剣家の無用に広い居間。
上座に剣十郎、そして志狼とエリィ、正人とかおるがそれぞれ向き合った形で正座していた。
戦いの後、飛行形態に変形したキャリバーとZスタビライザーを御剣道場の裏庭に隠し、
状況を整理するために剣十郎を交えて集まったのである。
「と言うわけで、その重力波の調査に向かったんだけど」
「ちょっと待ってくれ」
かおるが説明していたところに、志狼が口を挟んだ。
「その説明だと、正人さんはともかくかおるさんがこっちへ来た理由がわからないんだが……」
話の途中とはいえ、正人は一人で行くと告げている。かおるがついて来ているのは不自然だった。
「うん、私はその時ブリッジの隅にいたの。覇聖王……勇者機兵隊の仲間なんだけど、その最終調整をしてたから」
「要するに勝手について来たわけか」
志狼の指摘に、かおるは笑って誤魔化した。
「それで、結局その……重力波? それは一体、何だったの?」
次に問い掛けてくるのは、エリィだ。
「それが調査に向かい、現場に到着した途端にエネルギーが活性化し、飲み込まれてしまったんです。
だから正体不明、としか言いようがありません」
丁寧に答える正人に、エリィはしきりに頷いている。
「……本当にわかってんのか?」
呆れたような表情で問う志狼に、エリィは頬を膨らませて反論する。
「む、失礼ね。私だって、結局何一つわかんないってことぐらいわかってるわよ」
「……まぁ、そうなんだけどさ」
そんな二人のやり取りをしばらく眺めていた正人だが、ひと段落したと見るや、問い掛ける。
「それで、こちらからの質問なんですが、こちらの世界、状況が状況なのでそう呼称させてもらいますが、
こちらでは何か、変わったことはありませんでしたか?」
腕組みをし、当時の状況を鮮明に思い出そうとする志狼。
朝。親父に吹っ飛ばされた。台風が過ぎ去った後のエリィの家を訪れた。エリィと一緒に登校しようとした。
「いや……丁度ヴァルトシュヴァイン、だったっけ、そいつと戦ってるところだったけど」
「……シュヴァイン?」
ふと、剣十郎が呟いた。全員の視線が一斉に集まる。
「知ってんのか? そういえば、向こうは親父を知ってるような口振りだったけど」
「ふむ。いや、ヴァルト? ヴァルト=シュヴァイン……」
瞬間、志狼の頭に銃声が響いた。
「あ、そう言えば、区切って呼んだら随分怒ってたな」
今更ながら、自分がとんでもない状況に陥っていたと実感したらしい。冷や汗が頬を垂れる。
「カルシウム不足かなぁ」
そしてエリィの呟きは黙殺された。
「区切って……? なるほど、あの男の……いやしかし彼は……」
「何かご存知のようですね。要点だけで構いませんから、話して頂けませんか」
思考ループに陥った剣十郎に、正人の言葉。剣十郎は思考を中断し、頷いた。
シュヴァイン。それは裏の世界で一、二を争う、盗掘屋の苗字である。
過去の大戦において使用された遺産兵器の数々を、国などの許可を得ず、無断で発掘する者。
あるものは換金され、またあるものは改造を施し、そのまま兵器として利用される。
決して表舞台に出る名前ではない。しかし裏の事情にも通じていた剣十郎は、その名を知るに至ったのである。
「なるほど。この世界に存在する大戦の遺産、それを回収する男……あのヴォルネスというロボットも、
その遺産兵器の一つということですか」
正人の言葉に、志狼はナイトブレードを取り出し、テーブルの上に静かに置く。
『もしあの男がただの盗掘屋なら、私を狙っていても不思議はないが……問題は、私のことをどこで知ったかだな』
「ああ。しかも俺たちの素性なんかも知ってるみたいだったしな……」
ヴォルネスの疑問に、しきりに頷く志狼。
対する正人、そしてかおるは、驚いたように周囲を見渡している。
「どうかしたの?」
不思議に思ったエリィが声を掛ける。
「今の声……さっきのロボットだよね?」
「そう言えば先程から姿が見えないんですが、一体どちらに?」
かおるの言葉に、正人の疑問が重なる。志狼とエリィ、そして剣十郎は揃ってナイトブレードを指し示し、
「「「ここに」」」
沈黙がその場を支配する。
とりあえず話は一段落がつき、太陽も沈み始めた上に宿の当てがないということで、正人とかおるは御剣道場に世話になることになる。
加えてエリィまで泊まると言い出し、志狼の猛反対も剣十郎の快諾によりあっさりと受け流され。
そして日は沈み、今正人は一人、道場の縁側に立ち、夜空を見上げていた。
「はれ? 正人さん、どーしたの?」
ふと、横からの声に振り返ると、ウサギのプリントの入ったピンクのパジャマに身を包んだ、エリィの姿があった。
「エリィさん……いえ、私の世界の、仲間たちのことを考えていました」
正人は正直に答えた。
「仲間? 部下じゃなくて?」
「部下ですが、それ以上に仲間です。そもそも勇者機兵隊にはそれほど強い規律はありませんから、上下関係が曖昧なんですよ」
苦笑する。どこか寂しげで、それでも嬉しそうな、不思議な笑み。
志狼にはできないであろう、その笑顔。その裏には、彼の乗り越えてきた過去があるのだろう。
「私一人が抜けたところで、大丈夫だとは思います。しかし……やはり、不安は拭い切れない」
エリィはその言葉に、閃くものがあった。
失うことへの恐れ。自分にできる事が無いというもどかしさ。それら全てを、彼は背負い込んでいるのだ。
正人の視線は、月を見上げていた。満月だ。
エリィは静かに目を閉じた。そしてその喉がメロディーを奏ではじめる。
歌詞はない。しかし、それは紛れもなく歌だ。儚いが、どこか力強さを秘めた旋律。
まるで明日への希望を祝福するかのような、不思議な雰囲気を纏っている。
やがて、フィナーレを迎えた夜空のコンサートは、静かに幕を下ろした。
ただ一人の観客であった正人は、笑顔で拍手を送っていた。
「えへへ……即興で考えたんだけど、気に入ってもらえたみたいだね」
「ええ、とても。おかげで随分と、気が楽になりました。肩の荷こそ下りませんが、気分は落ち着いています。ありがとうございました」
気恥ずかしそうに頬を掻くエリィに、正人は心の内の在るがままを言葉にした。
次の瞬間、正人の傍らの障子が激しく吹き飛んだ。
辛うじて回避する。その吹き飛んだ場所から転がり出てきた人影。志狼だった。
あまりにも唐突であった為に、二人とも言葉を失っている。
そんな二人など眼中に無く、というよりそこにいること自体に気が付かなかったかのように、
志狼は跳ね起き、一目散に廊下を走り抜けていった。
呆然と見送っていたが、やや遅れて飛び出してくる、もう一つの影。かおるである。
「ああっ、すばしっこい! ねぇ、ヴォルネスを召喚するところと、合体するところ見せてよ〜!」
立ち止まるのは一瞬。その言葉すら、走り抜ける道に尾を引くように流れただけだった。
ややして響き渡るのは、志狼のものと思われる悲鳴。
そして取り残される二人。
「……障子、張り替えないといけませんね」
正人は、思いついたように呟いた。
翌日。修理を終えたヴァルトスを操り、ヴァルトシュヴァインは御剣道場へと一直線で向かっていた。
「……何なんだよ」
彼は逆噴射をかけ、その場に停止する。レーダーには何の反応も示されていない。
「出て来い。用があるなら正面から言え」
彼の言葉に、その前方の空間に歪みが生じた。渦を巻き、光を取り込みながら肥大化していくそれは、扉のようにも見える。
やがて、その渦の中心から、手が現れた。大きさはヴァルトスと比較しても大きい。
腕、肩、頭、胴、脚と、その扉をくぐり抜けて現れたのは、全長三十メートルを越える、紫の外装を持つ人型巨大兵器であった。
ロボットというよりは中世の甲冑を思わせるデザイン。背中からは翼のように、二本の突起物が突出している。
「……ノワール。それがお前の搭乗機か……重力操作とは、あのキャリバーとかいう奴を呼び寄せたのはお前か」
「あれは手違い。イレギュラーを排除するために、私もお力添えをと思いまして」
敵意むき出しのヴァルトシュヴァインに対し、ノワールは相変わらず穏やかな口調である。
「いらん。俺の邪魔をするな」
意地で拒否するヴァルトシュヴァインだが、それを見透かしたようにノワールは言った。
「勝てますか。キャリバーとヴォルネスの二体を、同時に相手して」
言葉に詰まる。武装変更により強化されたとはいえ、ヴァルトスの基本性能はそのどちらにも劣っているのだ。
「ご心配なく。ハルカ=シュヴァインの所在地はお教えしますよ。個人的感情を捨てて頂けたら、ですが」
「それは、お前がキャリバーの相手をするって事か」
忌々しげに言い放つヴァルトシュヴァインに、ノワールは不敵の笑みを浮かべるばかり。
「……いいだろう」
感情が納得できないながらも、理性で押さえ込んだ。
「とりあえず、あれが超重力による裂け目だとするなら、帰るためにはそれに匹敵するだけのエネルギーが必要よね」
「それはいいがいい加減に手を離せ」
Zスタビライザーの端末を右手で操作しながら、左手で志狼の右手を掴んで離さないかおるは呟く。
それに対し志狼は、眉を寄せて訴えているのだが、無理矢理手を解くことに抵抗を覚え、困惑していた。
「世界と世界を繋ぐほどの力……今のキャリバーでは、そこまでの出力は得られない」
「かといって他に代用できそうなエネルギーも思い当たらないし」
そして正人とエリィは真剣な表情で考え込み、志狼は一人取り残されていた。
「そして無視すんな」
「だって、手を離したら逃げちゃうでしょ」
「当たり前だ、逃げたいんだから」
「じゃあ離せるわけ無いじゃない」
「そりゃそっちの都合だろ!」
互いに真剣な表情の志狼とかおる。傍から見ると漫才をしているとしか思えないのが悲しい。
「もう、志狼ったら……見せてあげればいいじゃない。筋肉痛でGO!」
「人事だと思いやがってぇぇぇ……」
エリィは笑顔を浮かべて親指を立てる。志狼はこれ以上ないというぐらい不機嫌な表情を浮かべ、そんな彼女を見返していた。
「筋肉痛……? それは、システムの仕様に関係があるんですか?」
その会話に、正人は質問した。志狼は驚いたように言葉を返す。
「え、ええ。というか、合体後の形態での動きが人間離れしていて、身体がついていかないのが原因なんですけど……何でそれを?」
「ははは。私も、それとは多少違いますが、最初は筋肉痛に悩まされていたんですよ。
精神同調で自在に動かせるとはいえ、肉体と機兵では勝手が違いますからね」
正人は苦笑する。志狼はそんな彼に感涙した。
「やっと、俺の苦労をわかってくれる人が……っ!」
エリィは苦笑し、かおるは呆然とする中、正人は首を傾げていた。
その時。レーダーに反応。警報が鳴り響いた。
「急速接近する機体……二つ!? 一体はヴァルトスと判明! そして……えっ!?」
レーダーに表示されている情報から状況を読み取るが、かおるはここで驚愕した。
「もう一体の機体は、周囲の空間を捻じ曲げながら接近してくる……正人さん!」
「ああ。こちらの世界に飛ばされた元凶かも知れないな」
そう答える正人は、既に穏やかな表情の青年ではなかった。
志狼はナイトブレードを手に、外へと駆け出していく。
(正人さんもかおるさんも、いざって時には雰囲気が変わるな……やっぱり、使命とかそういうものが関係してんのかな)
自分には、二人のように確固たる理由があって戦っているわけではない。
ただ一人を守りたい。きっかけはそれだけだったし、ヴォルネスのマスターとはいえ、
これから何の為に戦うことになるかなんて、見当もつかない。
使命に従順な二人からすれば、自分の戦いは小さいものなのだろうか。
<どうした志狼? 敵はすぐそこまで来ているぞ!>
ヴォルネスの声に、志狼は我に返った。
「あ……わ、悪ぃ。よし、行くぜ!」
<……ああ>
二人の心は噛み合わないまま、雷鳴が轟き、志狼の鎧とでも言うべきヴォルネスの本体が顕現する。
ナノマシンの集合体であるマントが風と共に消失していき、その下から完璧に修復された体が現れた。
額の宝玉が輝き、光に導かれて志狼の身体が本体に吸い込まれていく。
ナイトブレードを抜き放ち、上空を見据える。やがて肉眼で、急速接近する物体を捉えた。
「……ヴァルトス!」
空戦型遺産兵器、ヴァルトス。それが右の盾の裏から、ハンドガンを引き抜いた。
『ヴォルネス……適度にぶっ壊してやるよ!』
勢いを弱めるどころか、逆に加速してくるヴァルトス。その最中に、ハンドガンを照準もつけずに乱射してくる。
空を飛ぶことはおろか、飛び道具さえ持たないヴォルネスには、守りに徹する以外に無い。
「くっ……あんな上空からじゃ、反撃できないぜ!」
<立ち止まるわけにはいかないというのに、これでは迂闊に動けない!>
打開策を見出せないままに、ダメージだけが蓄積されていく。そのとき。
『プラズマショット!』
数発の光弾が空を裂き、ヴァルトスに迫る。その攻撃は盾によって遮られたが、攻撃はやんだ。
戦闘形態に変形したキャリバーが、プラズマショットを構えて立っていた。
『志狼君、大丈夫か?』
「すみません、助かりました!」
気遣う正人に例を告げると、即座にヴァルトスに視線を戻す。状況は、依然厳しいままだ。
『半人前だな。お前に俺は倒せねぇよ』
ハンドガンを収め、インパクトライフルを装備するヴァルトス。
「知らないのか。壁は越えるためにあるんだぜ!」
志狼は言い切った。
『……もう一体は?』
周囲に視線を巡らせるキャリバー。しかし、それらしい機影は見当たらない。
そのとき、キャリバーのレーダーが、背後の高エネルギー反応を感知した。
『背後から!?』
前方に身を投げ出し、振り向きざまにプラズマショットを連射する。
しかし、それは不可視の結界に遮られるように拡散、消滅した。
そこには、いつの間にか一体の巨大人型兵器が佇んでいた。
『重力波で、空間を湾曲させたのか』
「ご名答です。どうやら、想定以上に厄介なイレギュラーのようですね」
驚愕に表情を強張らせるキャリバーに対し、まるで世間話でもするかのような口調のノワール。
『イレギュラー? では私を呼び寄せたのは、何か意図があってのことではないという事だな』
「ご理解いただけて幸いです。そう言えば、自己紹介がまだでしたね」
警戒心を強めるキャリバーだが、ノワールは会話を楽しんでいるようだ。
優雅に一回転して見せると、芝居がかった口調で続けた。
「私はノワール。死を司るもの」
プラズマショットを握る手に力が入る。
『ノワール……死を司るとは、随分と抽象的な表現だな』
ノワールは構えない。湾曲フィールドに絶対の自信があるということか。
「私の目的は、すべての力あるものの統合、そして支配。生かすのか、殺すのか、それを決めるのは私」
当たり前のように告げるノワール。キャリバーは驚愕を隠せない。
遺産兵器、ノワール。
その目的は、すべての力あるものの統合、そして支配。大戦という時代が生んだ、恐るべき存在。
二つ以上に分かれた力が存在するからこそ、争いは起こる。ではそれらの力を一つにまとめ、管理することができたとしたら。
その発想は間違ってはいなかったが、製作者たちにとって大きな誤算があった。
それは、ノワールという大きな力を、管理する術を持たなかったのである。
『……それが、ヴォルネスを狙う理由か。ヴァルトシュヴァインを利用しているというわけだな』
「はい」
キャリバーの指摘に、ノワールは躊躇無く頷いた。
「ヴォルネス。詳しい情報は失われていますが、基本性能などは全て把握しています。私を上回る可能性を持つ、
ブレイブナイツ・シリーズ」
『ブレイブナイツ、か。私には、野放しにされているお前の方にこそ危機感を覚えるがな』
正直な感想に、ノワールは微笑んだ様子だ。
「かも知れませんね。では、私を倒しますか」
つくづく、これでは世間話だと苦笑するキャリバー。
『そうさせてもらおう!』
プラズマショットの引き金を引く。
ヴァルトスはインパクトライフルを構え、発砲した。
滞空している相手に対し、ヴォルネスは先手を取れない。しかしこの展開を、志狼は予測していた。
(チャンスは一瞬。タイミングのズレは命取りだ……)
弾道は見切っている。後はただ、実行するのみ。
剣を既に構えている。弾丸を、斬るために。
『馬鹿が! 学習能力が無いのか!』
ヴァルトシュヴァインの罵声も、今は遠く感じる。越えるべき壁は、今や越えられないことは無い壁となっていた。
「ヴォルネェェェスッ!」
一閃。そして爆発。粉塵が舞い上がり、ヴォルネスの姿を覆い尽くす。
『正面から切り裂くとは……馬鹿の一つ覚えだな』
「そいつはどうかな?」
ヴァルトシュヴァインの呟きに、力強い言葉が返る。
粉塵を突き抜け、ヴォルネスが飛ぶ。ヴァルトスに向けて、一直線に。
あの瞬間、弾丸を切り裂くと同時に跳躍し、爆風を利用してヴァルトスに斬りかかったのである。
『野郎っ!』
咄嗟にライフルを手放し、肩からプラズマソードを引き抜き、迎撃に移るヴァルトス。
そこまで距離を詰められては、ライフルは邪魔なだけである。
交差する剣と剣。互角の勝負、とは行かなかった。空中で姿勢制御できない分、ヴォルネスには不利だ。
『素人にしちゃ上出来だが、それだけじゃ俺には勝てねぇ!』
「わかってるさ……これでどうだっ!」
叫ぶと同時、渾身の力でヴァルトスの剣を弾き、全身を捻って回転し、無理矢理一撃を放つ。
当然の如く、その一撃は盾に弾かれてしまうが、それが志狼の狙いだった。
ヴァルトスの盾、リフレクトシールドは、受けた衝撃を時間差を経て跳ね返すものである。
もし両足が接地した状態ならば、過剰な衝撃を受けたところで、姿勢制御を行うことは不可能ではない。
しかし今のような滞空時、それも迎撃のために突進してきたその瞬間に、別方向からの衝撃に揺らされた場合、バランスを保つ術はない。
『何っ……!?』
時既に遅し。制御を失ったヴァルトスは、地面に向けて落下していく。
何とか姿勢を保とうと懸命に操作しているようだが、その隙を志狼は見逃さなかった。
とはいえ、剣の届く距離ではない。空中での運動性を持たないヴォルネスにできることは、唯一つ。
「いっけぇぇぇぇぇっ!」
ナイトブレードを、躊躇わずヴァルトスに向けて投げ放った。
咄嗟に盾を構えようとするが、一瞬間に合わない。
『この野郎っ……!』
罵りも虚しく響き渡り、剣はヴァルトスの左胸を貫く。
双方共に推力を失い、地面に叩きつけられるように落下していった。
キャリバーの攻撃は尽く命中していた。少なくとも見た限りでは、その通りである。
しかし、ノワールの周囲に存在する湾曲フィールド、グランウォールによって、威力が拡散されてしまっていた。
「この程度の攻撃では、私に傷一つ負わせることはできませんよ」
ノワールは、相も変わらず穏やかな口調で告げた。対するキャリバーは、冷静に敵の能力を分析していた。
近接、遠距離ともに攻撃を受け付けない。しかしそれは装甲の強度によるものではない。
周囲に展開されたフィールドを無効化するか、或いはフィールドを貫くほどの攻撃力を弾き出すか。
とは言え、フィールドを無効化するには情報が不足しているし、湾曲フィールドを突き破るほどの力は、今のキャリバーにはない。
「おや、先程までの威勢はどうしたのでしょう。来ないのならば、こちらから行きますよ」
そう言うと、両手を大きく広げた。背中の二本の突起がそれぞれ二つに開く。
「重破弾(グラン・ブリット)」
次の瞬間、黒い重力波の塊がその突起の内側から無数に弾き出された。
円弧を描くように軌道を変え、それらは全てキャリバーに向けて突進していく。
『くっ!』
反射的に飛び退るキャリバー。直撃は避けたものの、次々に迫る重力波に気を休める暇がない。
「ふふふ、流石ですね。ですが私も、イレギュラーに情けをかける必要はないんですよ」
ノワールの両腕が、指揮者のように動く。すると、これまで円弧を描いていた重力波が、ジグザグに動き始めた。それも、不規則に。
これまで紙一重で回避してきたキャリバーであるが、ここに来て一発、また一発と、徐々にダメージを蓄積していく。
「さあ、もう終わりですか」
『残念だが……そう上手く事は運ばない!』
無感動な笑みのノワールに、キャリバーは会心の笑みで答えた。
次の瞬間、ノワールは背後からの衝撃に揺さぶられ、バランスを崩す。
「なっ……?」
驚愕したというよりは呆然とした様子で、何が起こったものかと振り返ろうとする。
キャリバーは左足からもう一丁のプラズマショットを引き抜き、一瞬で狙いを定め、発砲した。
湾曲フィールドに阻まれる、筈であったが、弾はそのまま直進し、振り向いていたノワールの顔側面に直撃した。
「くぅっ!」
衝撃にバランスをわずかに崩すが、すぐに立ち直ってしまう。キャリバーに視線を戻したとき、再び上空から砲撃音が響いた。
自動操縦の、Zスタビライザーによる援護射撃である。
しかし同じ手は二度通用しないとでも言うように、その攻撃はフィールドによって無効化された。
「……小賢しい真似をしてくれますね」
『私は、ここで負けるわけには行かない。仲間の為、何より自分自身の為に!』
プラズマショットを収め、右腕を掲げて叫ぶ。
『Zスタビライザァァァッ!』
同時に合体コードを送信。スタビライザーは高度を下げる。
「させません」
『そいつはこっちの台詞だぜ!』
合体を妨害しようとしたノワールに、横からの乱入者が跳び蹴りを放つ。ヴォルネスだ。
落下の衝撃で全身を痛めているだろうに、剣を引き抜く時間さえ惜しんで割り込んできたのだ。
「……もう少し時間を稼げると思っていましたが」
その呟きは、誰の耳にも届くことはなかった。ヴァルトシュヴァインの敗北は、最初から予測していたようだ。
『志狼君! ヴァルトシュヴァインは?』
『止めは刺しちゃいないけど、しばらくは動けないはずです、それより、早く体制を整えてください、正人さん!』
志狼の言葉に、キャリバーは頷いた。
垂直降下を始めたZスタビライザーに向けて、キャリバーは大きく跳躍する。
スタビライザーがブレストアーマーのように装着され、二基のブースターユニットが背面に回る。
フェイスガードが頭部を覆い、マスクが閉じる。金のアンテナが左右に展開した。
『空戦合体! ゼータキャリバァァァァァッ!』
宣言と同時に腰から柄を引き抜き抜いた。
『クリスソード!』
蒼白い光が刃を成し、ブースター全開で突進するゼータキャリバー。ノワールは両手を突き出した。
「空間湾曲……!」
『たぁぁぁぁっ!』
ノワールが練り上げた重力の壁に、ゼータキャリバー渾身の一撃が交差する。衝突は火花を生み、拮抗に陥る。
「それが完全体ですか? 期待はずれですが」
『生憎と完全体ではないし、そもそもこの一撃で、倒そうとも倒せるとも思っていない』
きっぱりと言い放つノワールに、やはりきっぱりと言い返すゼータキャリバー。
二人の衝突の間に、志狼は行動を起こす。
『ライガァァァァァドッ!』
右腕を掲げ、その名を高らかに叫ぶ志狼。突如として上空に暗雲が立ち込め、一筋の大きな稲妻がヴォルネスの目前に落ちる。
と、そのまま地面の上を跳ねるように、ノワールに向けて直進していく。次第に放電していき、その全貌が明らかになった。
緑の身体に金の装飾を持つ巨大な獅子。ヴォルネスのサポートメカ、ライガードである。
ゼータキャリバーが示し合わせたように身を引くと、バランスを崩したノワールにライガードが飛び掛った。
「……ライガード……!?」
ここで驚愕の表情を浮かべるノワール。しかし身体は反射的に、左腕を突き出していた。
ライガードはそのまま腕に食らいつき、その勢いでノワールを後退させる。
ノワールのフィールドは空間そのものを変質させるため、攻撃と防御を同時に行うことができない。
ゼータキャリバーとの接触で行っていた防御と、突撃してくるライガードに対する動作の間に割り込む形で、
その攻撃が炸裂したのである。
現時点で最速の機動性を誇るライガードにのみ可能な攻撃であった。
更にゼロ距離では、ノワールは攻撃手段がない。自らも重力波の影響を受けてしまうからである。
何とか振り解こうと腕を振るっていたが、牙は食い込むばかり。
やがて限界を超えて、左腕は食い千切られるように身体から離れ、宙を舞った。
苦痛を悲鳴で現すこともせず、ライガードから逃れられた結果のみに意識を回し、大きく跳び退った。
ライガードは得意そうに左腕を咥えていたが、やがて興味を無くした様に脇道に放り出す。
「くっ……獅子の鎧をこのような形で使ってくるとは……」
『ヴォルネスの事詳しく知ってる奴相手に、真っ向から勝てるなんて思わねぇさ』
苦笑を浮かべるノワールに、志狼は言い放った。
「……私にとっても、ブレイブナイツとは未知の存在。未知故に、管理しようと行動したまでのこと」
『……? それでは、お前も起動後のヴォルネスの性能までしか知り得ていないという事なのか』
ゼータキャリバーの疑問に、ノワールは頷いた。
「その情報をヴァルトシュヴァインに与え、ヴォルネスを回収しようとしたのですが…
…やはり絶対的な機体性能の差までは補えなかったようですね」
『おいおい。こっちは死ぬ思いで戦ったんだぞ。機体性能差なんて言葉で片付けてくれるなよ』
咄嗟に浮かんだ不満をぶつける志狼。それはあっさりと無視される。
「それにキャリバー、貴方の存在も計算外でした。まさか再起動時の超重力リアクターの試運転で、空間の歪みが生じてしまうとは。
もっとも、そちら側にも何らかの要因があったはずですが」
『……アクサスとの戦闘区域……』
ゼータキャリバーの呟き。それを理解できるのは、正人とかおるだけだろう。
「何にせよ、様々な要因が重なり、貴方は偶然この世界へと現れた。ならば元の世界に戻る術も、偶発的なものの中にしかないでしょうね」
『だが少なくとも、それにはお前が関わっているわけだ。いずれにせよ、このまま見逃すという選択肢は無い』
剣を構えなおすゼータキャリバー。ノワールは無言で右腕を大きく広げる。
と、胸部ほどの大きさのゲートが本体右脇に開かれており、そこに右腕が侵入していった。
同時に左肩から先が外れ、右腕は何か細長いものを掴んで引きずり出した。左腕だった。
驚愕する一同には目もくれずに、左肩に左腕を接続する。感触を確かめるように関節を回し、余裕の笑みを浮かべた。
「そうですか。こちらとしては、制御できない力は葬り去るまでですけどね」
言い捨てると、両腕を大きく広げて天を仰ぎ、呪文を唱えるように叫んだ。
「重力に重力を重ね、全てを滅ぼす破壊の刃よ、わが手に在れ!」
次の瞬間、両掌に重力エネルギーが収束し始めた。やがてそれらは渦を巻き、マイクロブラックホールへと変貌する。
それを確認すると、ノワールは両手を合わせようとする。エネルギーは反発し合い、それでもより大きな何かへと変貌を始めていた。
「超重剣……グランブレード!」
遂に両手が合わさり、溢れるエネルギーは剣状に放出された。
<このエネルギーは……志狼、気をつけろ! あの刃に触れては、ただではすまない!>
『わかってる! すげぇプレッシャーだ……文字通り押しつぶされそうだぜ……!』
ヴォルネスの言葉に、志狼は緊張感を高めた。
『この力、デスクローク並か……手強いな』
かつて打ち倒した敵を連想しながら、相手を分析するゼータキャリバー。
「切り裂いたあらゆる物質を、次元を超えて消滅させるこの剣。痛みなど感じる暇はありません……管理できない力、消去します」
『なら俺は、管理できる力って事かよ。舐められたもんだぜ……』
背後からの声に、全員の視線が集中する。
左胸を貫かれたヴァルトスが、既に起き上がっていた。手には引き抜いたナイトブレードが握られている。シールドは手放していた。
コクピットや動力炉、処理装置など、重要な部分の破損は少なかった様子だ。故意に行ったのかもしれない。
「ではどうします。私を壊しますか? その手で。ハルカ=シュヴァインの所在を知る、唯一つの手がかりである私を」
その口調はいつも通り穏やかなものだったが、どこか嘲りを含んだように感じられる。
『……ハルカ? ヴァルト、お前……』
『区切って呼ぶなっつってんだろーがっ!』
思わず呟いた志狼に向けて、手にしたナイトブレードを放り投げるヴァルトス。
志狼の動作をトレースするため、ヴォルネスは反射的に身をよじって回避する。剣は足元に突き立った。
『うおっ! あ、危ねーな!』
思わず罵声を浴びせつつも、柄を握り締め、引き抜いた。
『唯一つ、ねぇ。お前が何を企んでるかは知らんが、俺は利用されるのが嫌いなんだよ。ハルカの事は、力ずくで聞き出してやるぜ!』
言いつつ、右肩の柄を引き抜くと、左手に持ち替えて刃を成し、真正面から突っ込んだ。
無謀だ。ゼータキャリバーと志狼、ヴォルネスは制止を試みようとするが、ヴァルトスの突進のほうが早い。
対するノワールは、刃を大きく振り被っていた。重力エネルギー故に、動作に対する反動が大きいのだろうか。
ヴァルトスは十分に距離を詰め、敢えて後手に回った。振り下ろされる刃。
それを僅かな動作で、紙一重で回避し、プラズマソードで脇腹を抉ろうと左手を振り被った。攻撃の直後、防御は間に合わないはずだ。
しかしその一瞬。がら空きになったヴァルトスの腹部に、ノワールの膝がめり込んだ。
『な……!?』
攻撃を受けたことより、動きを読まれていたことに動揺したようだ。
「貴方の戦闘行動パターンは把握しています。加えて殆どスクラップ状態の玩具では、どう足掻いても勝ちはありません」
言い捨てると、ヴァルトスを突き飛ばし、背中の突起から再び重力の弾丸が飛び出す。
雨のように降り注ぐそれらは、確実に装甲を破壊していく。
『ぐあぁぁぁぁぁっ!』
ブースターが、腕が、脚が、頭部が無残にも打ち砕かれていく。
「これで終わりです。管理されない力は、私が全て滅ぼすのだから……」
振り上げられたグランブレードが、振り下ろされるその時。
『お前の理屈通りにはさせないぜ!』
割って入ったのはヴォルネス。ナイトブレードを掲げ、真っ向からグランブレードを受け止めた。
ナイトブレードは志狼のマイトをもとに形成されているため、辛うじてヴァルトスごと両断という事態は避けることができた。
『くっ……き、きついな……悪ぃヴォルネス、身体が勝手に……動いちまった……がぁっ!?』
<気にするな……私はお前のパートナーだ、こうなることは……予測できていた……ぐぅっ!>
苦痛に耐え、二人はそれでも立っていた。互いを支えあうように、言葉を交わしながら。
『お前、何で俺を庇う……余計なことすんじゃねぇ……!』
『俺の勝手だ……それに俺は、『お前』なんて名前じゃねーよ』
志狼は全身に走る痛みに耐え、その上笑みを浮かべて見せた。
ハルカ。それがヴァルトシュヴァインの戦う理由。誰かの為に何かをする。
口も悪く、道端でいきなり発砲するような危険人物ではあったが、その内にはやはり、強さがあったのだ。
しかし、そんなことを素直に口にできるほど、志狼は大人ではなかった。彼の軽口は、照れ隠しによるものなのだ。
「言い残すことは、それだけですか」
ノワールは端的に述べ、両腕に更なる力を込める。
『ガオォォォォォッ!』
割り込む咆哮。ライガードだ。顎を大きく広げ、側面から躍り掛かった。
ノワールの反応は早い。剣から力を抜き、左足でヴォルネスの腹部を蹴り上げる。
苦痛によろめく姿からは即座に視線を外し、迫り来るライガードに右足を軸にして向き直る。
一閃。しかしライガードは跳躍し、難なく回避した。
ここで、何とか踏みとどまったヴォルネスが剣を構えなおした。
『このっ……負けるかぁっ!』
凄まじい瞬発力を持って斬りかかる志狼。気迫がマイトを介して、周囲の空間を振動させる。
ノワールは、振り返る暇さえない。ヴォルネスの一閃が、脇腹を切り裂く。
「……多対一という状況は、鬱陶しいですね」
ダメージを一切無視したように、ノワールは大きく剣を振るう。志狼は後方に跳躍しながら、ナイトブレードで受け止めた。
重い一閃はヴォルネス本体を弾き飛ばしてしまうが、同時にノワールにも大きな隙ができた。
『私が相手だ!』
入れ替わるように突撃してくるゼータキャリバーの一撃が、ノワールの右肩を貫く。
「うっ……!? しまった、エネルギー伝導部を切断されるとは……」
その言葉の真意を説明するように、両手の中のグランブレードはバランスを失い、拡散消滅した。
胴体内部のリアクターから重力エネルギーを掌へ伝達する回路が、ゼータキャリバーの一撃で切断されたのだ。
『志狼君! 今だ!』
ゼータキャリバーの叫び。志狼は会心の笑みを浮かべ、頷いた。
『よぉし、行くぜヴォルネス!』
<了解、志狼!>
志狼の呼びかけ、力強いヴォルネスの返事。
ヴォルネスは剣の腹に指を宛がい、マイトを収束すると、刃全体に行き渡らせるように素早く奔らせる。
青白い光を放ちながら、放電する。その剣を振り上げながら、大きく跳躍した。
ゼータキャリバーは刃を収め、素早く飛び退った。断続的に迫る攻撃。ノワールは離脱のタイミングを逃した。
『御剣流……御雷落としぃっ!』
電撃を帯びた一撃で胸部を縦一文字に切り裂かれ、ノワールはよろめき、数歩後退する。
「任務続行不可能……全機能、一時停止……」
次第に機械的な声になっていくと、点滅していた瞳の光が消え、膝を付き、動かなくなった。
『やった……のか?』
確かな手応えを感じつつも、半信半疑の志狼。
<動力炉は停止している。この損傷度では、まともに動くことすらできまい>
ヴォルネスは見たままの事実と見解を志狼に伝えた。
『グルル……』
歩み寄ってきたライガードが、鼻先でヴォルネスをつつく。
鬣を撫で返してやると、嬉しそうに喉を鳴らし、身を震わせた。
『ありがとな、ライガード。お前のおかげだぜ』
労いの言葉を掛けると、志狼はゼータキャリバーの方に視線を移した。
『正人さん、どうもありがとうございました。俺たちだけじゃ、多分勝てなかった』
『そうですね』
あっさりと返った答えに、志狼は流石に絶句した。
『けれど、それがわかっていればいいんですよ。自分の力を過信しなければ、もっと強くなっていける。
現に君は、ヴァルトシュヴァインに勝つことができた』
続けられたその言葉に戸惑い、自覚し、そして笑顔に戻る。
志狼は嬉しかった。自分より、より多くの経験をつんだ戦士に認めてもらえたことが。
『志狼君。これだけは覚えておいてくれ。限界は自分で決めるものじゃない。
諦めずに心を貫いたその先にあるものだ。きっとこの先、君が壁に遭遇したときに必要になるはずだよ』
『……はい!』
ゼータキャリバーはその返事に、満足そうに頷いた。
<……!? 志狼、気をつけろ!>
ヴォルネスからの突然の警告に、二人は反射的にノワールへと視線を移す。
ノワールはゆっくりと立ち上がっていた。その瞳に光はない。
<これは……動力炉のエネルギーが高まっていく……いかん、このままでは付近一帯ごと重力波に押しつぶされる!>
『な……っ!? 何とかできないのかよ!』
その情景を思い浮かべ、志狼は慌てて叫ぶ。
<エネルギーが臨界点に到達する前に破壊するしかない。しかしそれには、轟雷斬を上回るほどの力が必要だ……>
『な、何だって! そんなのどうしようも……ん?』
素っ頓狂な悲鳴を上げつつも、ふと何かに引っかかり、ゼータキャリバーを見た。
首を縦に振られた。どうやら、志狼と同じ事を考えていたようだ。
『よぉし、ライガード! 雷獣合体だ!』
『ガオォォォォォッ!』
勇ましい咆哮が返った。
身を翻して距離を置き、ライガードは走る。全身から放出される電流が尾を引きながら、大きく跳躍して変形を開始した。
前足の付け根からショルダーアーマーが立ち上がり、爪が反転して掌が現れる。
後ろ足は後方にまっすぐ伸びると、反転して両脚に。
直立姿勢でヴォルネスの目前に着地すると、胸に当たる部分が展開し、赤い帯状の光が照射された。
志狼とのリンクが途切れ、帯に導かれるままに跳躍し、ヴォルネスの瞳から光が消え、膝を抱え込むような姿勢で収納された。
獅子の顔が胸部にスライドし、頭部が出現した。
『雷獣合体!』
金の冠が左右に開き、両の光に瞳が灯る。
『ヴォルッ! ライッ! ガァァァァァッ!』
雷の勇者の真なる姿、ヴォルライガーは、獅子の咆哮のごとき雷鳴を背負い、その姿を現した。
ヴォルライガーは、ライガーブレードを引き抜いた。
『志狼君、臨界点まで時間がない。一気に行くぞ!』
『はいっ!』
ゼータキャリバーは正眼に、ヴォルライガーは水平に、それぞれ剣を構えた。
『クリスドライブ・フルチャージッ!』
クリスソードの柄にある、エネルギー潤滑用のホイールが回転速度を上げた。刀身が強く光を放ち始める。
『御剣流奥義!』
マイトを背中に収束させ、僅かに腰を落とした。全身から闘気と共に、電撃が巻き起こる。
『タイミングは君に任せる! 私の一撃を楔にして叩け!』
『! わ、わかりました!』
突然の言葉に動揺するも、即座に気を取り直してノワールを睨みつけた。
ノワールは呆然と、その場に立ち尽くしていた。
しかしその身体は小刻みに振動し、押さえ込んでいた力があふれ出すような印象を二人に抱かせた。
先に仕掛けるゼータキャリバー。ブースターを全開にして、青白い光を纏いながら突撃していく。
『クリスフラァァァァァッシュッ!』
ノワールの、向かって右側をすり抜ける横一閃。貫くかと思われた一撃は、しかし不可視の力によって遮られた。
志狼は、夢中で飛び出した。しかし意識は、不思議とはっきりしたまま、落ち着いていた。
自分が誰かより優れていると思ったことはない。自分より上の人間は、世の中に星の数ほどいることだろう。
それを認めずに我を通そうとしても、またそれを認めて意気消沈してしまっても、自分が今以上の存在になることはまず無いだろう。
強くなるために。今、自分より先に進んでいるものに追いつき、いつか追い越すために。
ヴァルトシュヴァイン。神条正人。そして、御剣剣十郎。
(俺は、強くなる。もっと、もっと! 俺の腕で、あいつを守り抜くために!)
それを口に出して言う勇気は無かったが、それでも迷いは消えた。今はただ、相棒と共にこの一撃を繰り出すのみ。
『ここで……決めるッ!』
毎朝の如く、師であり父であり、そして壁でもある男から食らい続けた、この技を。
『轟ッ……』
左足を軸に、全身で大きく振り被る。
『雷ッ……』
背中から放出されるマイトの勢いと、曲げられない自分自身の心を重ねて。
『斬ッ!!』
真っ向両断。クリスソードと交差する刃。そして二つの力は交わり、爆発的な衝撃を生む。
『『うおぉぉぉぉぉっ!!』』
ゼータキャリバーは青き鳳凰の如く。ヴォルライガーは黄金の獅子の如く。
剣気と力を纏い、すり抜けた二人の背後で。
黒き波動と共に、死を司るもの・ノワールは、無へと返っていった。
駆けつけていたかおる、エリィ、そして剣十郎の三人は、その光景を目の当たりにして絶句していた。
やがて真っ先に我に返ったのは、エリィだ。満面の笑みを浮かべ、ガッツポーズを取る。
「やったー! シローたちが勝ったんだぁ!」
「……ふっ。未熟者にしては、上出来といったところか」
剣十郎も腕を組みなおし、口調とは裏腹に穏やかな笑みを浮かべ、頷いていた。
ただ一人、かおるは難しい表情を浮かべてゼータキャリバー、ヴォルライガーの後ろ姿を眺めていた。
それに気付いたエリィは、心配そうに尋ねた。
「ど、どうしたのかおるちゃん?」
「…………ライトニングフラッシュ……いえ、獅凰雷光斬、と言ったところかしら」
エリィ、そして剣十郎までが、言葉に詰まって冷や汗を垂らした。
「って、そうじゃないわ。早くしないと間に合わないかも……!」
突然我に返ったかおるは、一目散に二人の勇者の下へと駆け出した。
呆気に取られた二人だったが、すぐにその後に続いた。
続く