「ちょっと待ってぇぇぇっ!」

 合体を解除しようとしていた志狼は、突然の声にそれを中断した。

『ありゃ、かおる……に、エリィと、親父もかよ。何なんだ?』

 そちらに視線を移すと、かおるは肩で息を整え、二人を見上げて告げた。

「合体は解かないで! 一か八かだけど、元の世界に戻ることができるかもしれない!」

 その言葉に、志狼とゼータキャリバーは顔を見合わせた。

『帰る……そうか、そうなんだよな。すみません、すっかり忘れてて……』
『いえ、それは別に……それで、その方法とは?』

 ゼータキャリバーの問いに、かおるは頷いて続けた。

「世界から世界の移動に重力エネルギーが関わっているなら、それは空間を捻じ曲げる事で生まれる綻びを通ったことになるわよね。
 放出範囲の狭められたノワールの重力炉のエネルギーは、確実にこの周囲一体の空間を歪めているわ。
 おそらく、更に大きなエネルギーの衝突を行えば、再び綻びが生じ、別世界への扉が開くはず。
 ただそれがどの世界に繋がっているかまでは……って、志狼さん、どうしたの?」

 かおるは、人差し指をこめかみに当て、腕を組み、考え込んでいるヴォルライガーを見上げながら問い掛ける。

<……すまない、もう少しわかり易く、簡潔に説明してやってもらえないだろうか>

 ヴォルライガーの言葉に、かおるは目を瞬かせたが、はっとしたように手を打ち、言った。

「要するに、二人がそれぞれ必殺技を使い、真っ向から打ち合うの。それで別世界の扉が開く。これでいいかな」
『あ、ああ。そういうことか……え?』

 事情を飲み込めた途端に、志狼は我が耳を疑った。

 吹き荒ぶ風が、その場を通り過ぎていく。
 ゼータキャリバー、そしてヴォルライガー。二人はその場に、一定の距離を置いて向かい合っていた。
 それは、一撃必殺の間合いだ。

『……やるしか、ねぇのかよ……』

 ヴォルライガーが、呟くように問い掛ける。
 命のやり取りをするわけではない。しかし一歩間違えたなら、相手の命を奪うことも、逆に命を奪われることもあり得るのだ。

『……こうする以外にない』

 躊躇を見せながらも、ゼータキャリバーは答えた。
 その心労は計り知れない。何しろ、キャリバーにはかおるも乗り合わせているのだ。下手をすればどうなるか、想像に難くない。
 しばしの沈黙。通り抜ける風が、まるで二人の心情を代返しているかのようだった。

『『ならば……っ!』』

 二人は、同時に剣を抜き放った。逃げるわけには行かない。
 繰り出すのは互いに必殺剣。それも最大威力でなければならない。
 志狼は、恐怖した。

(俺が正人さんを、かおるを、殺してしまうかもしれない。そうなったら、俺は……)
<志狼。一人で背負い込むな>

 思考に沈んだ志狼に、ヴォルライガーが声を掛けた。

<技を放つのは、私とお前の二人だ。不安なときは私を頼れ。相棒、なのだろう?>

 志狼は呆けたように沈黙したが、やがて口元にかすかな笑みを浮かべ、答えた。

「……ありがとな。決心、ついたぜ」

 迷いを打ち払った者のみがもつ真っ直ぐな瞳で、志狼はゼータキャリバーを見た。

『私から伝えることは、もう無いみたいだな』

 こちらの全てを見透かしたような言葉に驚きつつも、すぐに気を取り直して頷いた。

『ええ。一人じゃ何も出来ないって事を知ってる。そして俺は一人じゃない。最高の相棒と、越えるべき壁と、守り抜きたい人が』

 ゼータキャリバー、正人は頷き返す。

『一人の力が叶わなくとも、人との絆が世界のような大きな存在を動かすこともある。そうだろう?』
『……はい』

 それが最後の言葉となった。
 ヴォルライガーは金色の雷に。
 ゼータキャリバーは青き光に。
 獅子と鳳凰は正面から激突し、そして世界は大きく揺らいだ。


 その光景を、少し離れた丘から見下ろしている人影があった。ヴァルトシュヴァインである。
 再び開かれた扉を通り抜けるゼータキャリバーを眺め、呟く。

「ったく。確実な帰還方法でもないのに、よくやるぜ。勝ち逃げされちまったな」

 レンズの砕けた眼鏡を外し、放り捨てると、懐から取り出した予備のメガネにかけ直した。用意周到である。

「まぁいい。当分はハルカの行方を捜すことになるしな……」

 ただ一人の手掛かりと言えたノワールを失い、彼は何を思うのか。少なくともその表情には、絶望した様子はない。

「御剣……志狼か。面白い奴だ。未完の剣、ってところか」

 残されたヴォルライガーに視線を戻し、僅かに、ほんの僅かに口元を歪めるヴァルトシュヴァイン。
 それは、当人が決して認めないものだった。

「次に会うときも、また戦いになるかも知れんが……ま、その時はその時って事だな」

 肩を竦め、身を翻すと、そのままどことも知れずに歩み去っていく。
 吹き抜ける風に、マントが靡いた。

 志狼たちがヴァルトシュヴァインの失踪に気付いたのは、それからしばらくした後のことだった。




 それから数日が過ぎて。
 志狼は自室にこもり、布団の中で横になっていた。とても起き上がれる気分には、なれないのだ。

「おっはよー! シロー、いつまでも寝てないで起きようよ!」

 エリィのその声を聞いたところで、心変わりはしない。ただ、何かを奮い立たせるような彼女の行動に軋む部屋が、少々恨めしい。

「それは、私だって正人さんやかおるちゃんともっとお話したかったよ。勇者機兵隊のこととかもっと知りたかったし」

 そばへ歩み寄ってくることが、足音と床の軋み具合でわかる。不快感は増していた。

「……静かにしてくれ」

 気遣う気持ちがわかる分、怒鳴り返すわけにも行かない。志狼は言葉を選び、控えめな口調で告げた。

「でも、仕方ないことだったし、あれから時間も経ったし、そろそろ立ち直ってもいいと思うんだ」

 傍らに腰を下ろしたようだ。振動や軋みの一つ一つに不快感が増していく自分に、歯止めがかけられない。

「だからね、志狼……」

 そっと、横になっている志狼に手を伸ばす。

<エ、エリィ……!>
「え?」

 ナイトブレードに収まった、ヴォルネスからの指摘に、エリィは視線をそちらへ。そして偶然に、その手が志狼に触れた。
 次の瞬間、志狼の不快感は頂点に達し。

「……っぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」

 絶叫した。その行為さえも自らの身体を傷つける結果となり、全身に走る痛みに思わずその場で身悶えする志狼。

<流石に、奥義を二連発は辛いようだ。これでも回復してきた方なのだがな……>
「……あ、あはははは……ご、ゴメンネシロー。わざとじゃないんだよぉ」

 ヴォルネスの説明に、エリィは渇いた笑みを浮かべた。
 平和な一日になりそうな予感がする。きっと。



 完




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