陸丸と鈴が地球へやってきた次の日。

「なんで、お、まえらは、筋肉、痛に、なら、ないんだー」

と、恨めしそうな視線を向けてきた志狼に、苦笑する3人。
怪我は完治したものの、相変わらずの筋肉痛で倒れた志狼に代わり、拳火、水衣、陸丸の3人が剣十郎の稽古を受け、朝食を済ませる。
そう。同じブレイブナイツに搭乗している3人であったが、志狼のような筋肉痛を引き起こしているものはいなかった。

それはさておき。
無駄に広い居間の、テーブルの上には、岬樹学園中等部の制服が、2枚置かれている。
男子用の制服1枚。女子用の制服1枚である。
デザインは高等部のものと変わらないが、若干サイズが小さい。

「既に拳火君や水衣ちゃんは岬樹学園に通っている。君らもそれに習い、岬樹学園に通ってもらう」
「え!?」
「い、いいんですか!?」
「うむ。やはり、勉学を疎かにしてはいかんからな。既に手配は済んでいる。これが学生証だ」

驚く鈴と陸丸に、いつの間に撮ったのか、写真入りの学生証が渡される。

「直ぐに着替えて、登校しなさい。早くしないと、初日から遅刻、と言う事態になるぞ」

はっはっは、と笑いながら居間を出て行く剣十郎。

「ほれ陸丸、急いで着替えた着替えた!」
「あ、はい!拳火さん」

肩を拳火にポンと叩かれた陸丸は、制服を持って、急いで自分にあてがわれた部屋へ向かった。

「…鈴、あなたも部屋で急いで着替えてきなさい」
「う、うん…」

一方の鈴は、水衣に促されながらも、どこか乗り気でない様子。

「…ああ。そうか」

ポン、と手を打つ水衣。

「…心配しているのね」

水衣の言葉に、鈴はコクリと頷く。
実は鈴は、生まれてこの方、学校に通ったことが無い。
それは幼い頃に双龍舞踏拳に入門した拳火や水衣も同様だったが、彼らは他の門下生達から熱心に勉強を教えてもらっていたので、さほど学力に関しては問題ない。
だが、彼女は違った。
幼い頃、孤児だった鈴は、符術の師匠に拾われ、それ以来ずっと武術と符術の修行に明け暮れる毎日だった。
果たして、学校になじむことが出来るだろうか。
勉強についていくことが出来るだろうか。
そしてさらに、もう1つ。彼女の心が晴れない理由があった。

「だいじょーぶッ!!熱心丁寧に勉強教えてくれるし、直ぐに友達も出来るよッ!なんにも心配いらないッス!」
「うわあああああああ!?」

後ろから突然、エリィに抱きつかれる鈴。

「エリィ。おはよう」
「おっはよーん♪」

鈴に抱きついたまま、突然現れたエリィに動じることも無い水衣に手を振るエリィ。

「ほらほら、着替えた着替えた!遅刻しちゃうよー!」
「う、うん」

鈴の背中を押して、鈴にあてがわれた部屋へと向かうエリィ。
その後ろを水衣がついていく。
今しばらく着替えに時間が掛かりそうだ。とかく女性の身だしなみは長い。
拳火はテーブルの脇のソファ…志狼の反対側に腰をかける。

「今日は休みか?志狼」
「ああ。不本、意だが、仕方が、ない」
『さすがに、昨日の今日だ。起きるだけでもつらいだろう』

見るからに辛そうにソファに座る志狼に、苦笑する拳火だった。
ヴォルネスの言葉通り、本当はベッドから起き上がるだけでもつらいはずだ。
そうこうしているうちに、陸丸が着替えを終えて居間に入ってくる。

「お、似合ってるじゃん」
「あ、ありがとうございます」

拳火の言葉に、照れ笑いで答える陸丸。

「砕虎はどうしてるんだ?」
「あ、3分割して、棒は袖の中に。刃は志狼兄ちゃんみたいに、おじさんに鞘を貰って」

ほら、と上着をめくり、後ろを向く陸丸。
そこには、鞘に収められた、極端に柄の短い刃があった。
なるほど、と頷く拳火。彼と水衣の神龍拳は、グローブであるために、ポケット等に簡単に収容できる。

「大変だなぁ」

召喚器が剣や槍である志狼や陸丸に、同情する拳火だった。

「おまたせー♪」
「お、来たな」

エリィの声に振り向く拳火たち。
そこには陸丸同様、真新しい制服に袖を通した鈴の姿があった。

「ほー、似合ってるじゃん」
「あ、ありがと。拳火兄」

手を叩き褒める拳火に、多少頬を染めつつ答える鈴。
そこで陸丸と目線が交差する。

「あ、あによ」
「いや、似合ってるなーと思って。うん」
「あ、そ」

にっこりと笑いながら言う陸丸に、顔を背けて玄関に向かう鈴。
苦笑しながらも後に続く陸丸。陸丸は気付いていない。鈴の顔の色に。
それに目ざとく気付いた拳火も、苦笑しながらソファから立ち上がり、かばんを持って続く。

「でも、帽子被ったままなのね?何でかな」
「…エリィ、それはちょっと」

水衣が何か言いかけたその時だった。
見送りに出ようと立ち上がった志狼が、不意によろけた。

「あ」
「い!?」

勢いあまって、エリィを突き飛ばしてしまう志狼。
ドミノ倒しのように、勢いそのままに水衣を押し倒してしまうエリィ。

「うっ」
「ぅえッ??」

更に水衣の後頭部が、拳火の背中にクリーンヒットする。
拳火は弓なりになりながら前に倒れこみ、不意に前にいた陸丸を突き飛ばしてしまう。

「おおおお!?」

陸丸は、本能的に鈴の頭を掴んで転倒を免れようとしたが、帽子を掴むに終わり、そのまま倒れこんでしまった。


ドドドドドタアッ!!


数人を巻き込んでの、派手な転倒。

「くぅ、い、いだ、だだ、だだだッ…!」
「いったーい…!」
「…エリィ、そこ、触らないで…」
「背中…き、効いたぜ…ッ!!鼻も打った…ッ」

当事者達は、思い思いの場所に手を当て、悶絶している。

「いったたたた…」

いち早く復帰した陸丸が見たものは、目の前の少女のスカートの中…とかではなく、鈴の耳。

「見るなーッ!!」

先がとんがって、毛がそれを覆う、獣耳だった。

「え、猫?犬?」
「知るかーッ!!」

必死になって、手で耳を隠そうとしする鈴。
だが、その小さな手からは、半分以上がはみ出してしまう。

「わ…!」
「あーあ」
「…見られちゃったわね」

物珍しそうに鈴の耳を見るエリィ。
やれやれ、と起き上がる拳火と水衣。
志狼は視線だけで鈴を見る。

「…生まれつき、彼女は耳がこうだったそうよ」
「尻尾もな」

観念したのか、水衣と拳火が、鈴の身の上話をし始める。
言っているうちに、鈴のスカートの中から、ふさふさした尻尾が、ぴょこんと出てくる。

「生まれつき…かぁ」

まじまじと見るエリィの視線から、目をそらし、鈴は目の端に涙を溜めていく。
見られた。
見られてしまった。
一番見られたくなかったものを。一体何を言われるか…

「学校、行こう。鈴」
「…え?」

立ち上がり、鈴の帽子を人差し指に引っ掛けてクルクル回しながら陸丸が言う。
拳火や水衣、エリィたちは目をぱちくりさせながら、事の成り行きを見守った。

「早く行かないと遅刻しちゃうよ」
「…でも、その」
「その耳と尻尾。鈴は嫌い?」
「!」

にっこり笑いながらの陸丸の言葉に、ハッとなる鈴。

「…」

口をパクパクさせる鈴。実際、特異な眼で見られることがあまりに怖くて、そんなことを意識したことが無かった。
好きか?それとも嫌いか?
…分からない。

「生まれつきなんだろ?だったら、鈴自身がそれを好きになってやらなきゃ」
「…う、あ」
「まぁ、人目が嫌なら被ればいいしさ」

ひょい、と指を弾き、帽子を鈴の頭に乗せる陸丸。

「俺は結構いいと思うけどな。可愛くってさ」
「な、ば、ば」
「やっぱ陸丸君もそう思う!?可愛いよね!?可愛いよね!?」
「うわぁ!?!?」

またもいきなり鈴に抱きつくエリィ。頬を摺り寄せ、手で頭を撫でまくる。

「…エリィ。ジロジロ見てたのは」
「可愛、いから、ああしたくっ、て、ずっと我慢、してた、んだろ…」

水衣と志狼が呆れようにつぶやく。

「ま、少なくともここにいる連中は、外見がどうだったからって馬鹿にするような奴ァいねーってこった」

拳火がニッと笑いながら鈴に肩を叩く。

「どーする?」

どうするか。
学校に、帽子を被っていくか、いかないか。
鈴は決心して、帽子を陸丸に投げ返す。

「…しっかり、預かってなさい」
「分かったよ」

不敵に笑う鈴に、苦笑して答える陸丸。
ありのままを受け入れる。
こいつのおかげで、少し、耳と尻尾が好きになれそうな気がする。
付き合っていける気がする。
鈴は、清々しい笑顔で、そう思った。

「それはそうと、スカートも少し細工しないと♪このままだと、丸見えだし」
「!!」

鈴は慌てて自らの現状を見返し、赤くなる。
尻尾が出てきた関係で、スカートはめくれ、パンツが少しずり下がってしまっている。
符を取り出し、志狼、拳火、陸丸の目を塞ぐと、更に符を取り出し、スカートやパンツに綺麗に穴をあける。
身だしなみを整え、陸丸たちに施した符術を解除する。

「おお〜」

全員が拍手する。
スカートから、可愛らしく飛び出した尻尾がパタパタと左右に揺れていた。
そこで居間に剣十郎が入ってくる。

「おや、まだいたのかい。既に鐘が鳴っているはずだが…」
「「「「「あ“!!」」」」」

志狼以外の5人が、飛び上がる。

「「「「「遅刻だーッッ!!!」」」」」

そして慌しく家を出て行く。
流石と言うかなんと言うか、一行のそのスピードは、凄まじいものがあった。

「…何があった?」
「あ、ああ。ま、帰っ、てきたら、教えるよ」
「ふむ?」

首をかしげる剣十郎に、志狼はうつぶせに倒れたまま苦笑した。






「はっ、はっ、はっ、は!あ、あのさっ」
「うん?なにっ、鈴」

学校まで全速力で走りながら、鈴が陸丸に話しかける。

「え、っとさ!うーんと…!」
「だから、何!」

手をパタパタ振り、何かを言おうとするが、言葉にならない。

「…馬鹿―っ!」

結局、口から出たのは、馬鹿の一言。
尻尾でパシンと陸丸を叩き、スピードを上げて逃げていってしまう。

「あ痛ッ!な、なんで!?」

頭にいくつもの?マークを浮かべつつ、陸丸はその後を追った。
拳火や水衣、エリィはクスクスと笑いながら、彼らに負けじとスピードを上げた。
鐘は、まだ鳴り止んでいなかった。






いつもの森の木の上。
ココロはそこから、登校する陸丸達を観察していた。

「!」

その中に、耳と尻尾の生えた少女が1人混じっていた。
アクセサリーの類には見えない。何せ尻尾は、人為的にパタパタと左右に振れている。

「…あの子…もしかして…?」

ココロはそれだけ呟くと、影に溶けていった。






ちなみに。


鈴の尻尾と耳は、学内で大人気だった事を追記しておく。