「なあオヤジ。『殺気』ってどう出すんだ?」
ピクリ
朝練が終わった直後。
つまり志狼が気絶状態から回復した直後に唐突に志狼は剣十郎にそうたずねた。
「殺気の出し方なぞ習ってどうする?」
「だってよ〜・・・オヤジと剣で切り結んでてさあ、チャンス!と思っても
こう、殺気に当てられて手が出せない時が何度かあるんだよ」
「ふむ」
「やっぱ使えたほうが何かと便利だろうし・・・」
「そんなものに頼らずとも相手を倒せる実力を身につけたほうがよっぽど良いわ、未熟者」
「う」
何も言えずに床を見る志狼。
「さて、筋肉痛が無くなって満足に動けるようになったといっても無理はいかん。そろそろ朝食の用意でもしろ」
「へいへい」
「無理の基準値が普通の人間とかなりずれていると思うが・・・気絶している時点で『無理』といわないか普通?」
「そうなのか?」
「・・・」
腰のナイトブレードから語りかけてくるヴォルネスの言葉に頭にハテナを抱えたまま返す志狼。
なんとなく予想していた言葉がみごとに返ってきてヴォルネスは何もいえなかった。
微妙な沈黙を引きずりつつ台所へ向かう。
「ああそれとな志狼。今日は街でちょっと集まりがあってな。
エリク殿とリィス殿も一緒に行ってくる。晩飯はエリィちゃんと二人で食べてくれ」
「鈴の音が響き渡る どうしてあなたはここにいないの?
音を聞くたび思い出す あなたがここにいないと」
酒場での町内会。別名は飲み会である。
暗がりの中でスポットライトを浴びながら歌うリィス。
その歌はお世辞抜きでうまかった。
「相変わらずお上手ですな」
「そうですね」
カウンター席で剣十郎は熱燗を、エリクはワインを飲みながらリィスの歌を聴いている。
「それでも私は やめられないこの音を聴くことを・・・」
ワーーーーピーピー!!
歌がやむと同時に拍手喝采である。
「ありがとうございます〜〜」
不思議なことに歌を歌う時は普通に喋っているのに歌が終わったとたんに間延びした口調に戻ってしまっている。
「アレはまた変わりませんな」
「リィス七不思議の一つです」
フフフと笑いながら懐かしむように言葉を交わす剣十郎とエリク。
「しかし・・・なるほど志狼クンが殺気の出し方をねえ・・・」
「・・・殺気とはつまり殺意。本物の殺気を持つものはそれすなわち、人殺しをしたことがあるということ・・・」
「・・・」
剣十郎は神剣を手に数々の戦いを勝利してきた。
だがそれは綺麗事だけではすまない血で血を洗う熾烈な戦いだった。
「『使い手を殺さずに魔剣を破壊』を目標に完成させた『轟雷斬』も、
1年2年で完成させたわけではない。それまでには・・・かなりの数の人間を斬った」
「まあ・・・剣十郎さんが斬った人間はどれもみな同情の余地など無いどうしようもない悪党ばかりでしたがね」
「たしかにそうだった。だが・・・」
だが・・・志狼はどう思うだろうか?
人殺しの父を持ってなんと思うだろうか?
人を殺さないという信念の元で戦っている志狼のことだ。軽蔑してくるだろうか?
それとも、「あ、やっぱり?」なんて軽く返されるだろうか?
考えれば考えるほど気持ちが沈んでくる自分がいる。
「昔もこんなことを考えなかったわけではなかったが・・・今ほど深刻に悩んでいなかったな」
「父親になったから、ではないでしょうか。マスター、同じ物をもういっぱいいただけますか?」
ふふ・・・と微笑を浮かべながらエリクはワインを飲み干しさらに注文する。
「ワシも歳を取った・・・いや、長い平和の中で単に弱くなっただけなのかもしれん」
「弱くなったかどうかはおいといて、歳を取ったのはまあ確かですね」
「ワシ・・・だなんていつ頃から言い出したのだったかな?なあエリク」
「さて・・・いつだったかな。やはり結婚を境にして君は急に老け込んだんじゃなかったか?剣十郎」
「ふ・・・」
「ははは」
二人は顔を見合わせると急に噴出す。
「あはははははは!」
そして声を上げて笑い出した。
「久しぶりに会ったと思ったら一丁前に敬語で話し掛けてくるから何事かと思ったぞエリク」
「それはそっちだって同じだろう?妙にかしこまって、とうとうあの剣十郎が丸くなったかと思ったよ」
「ぬかせ」
「ふふふ・・・」
元々敬語など使う中ではなかったらしい。
今の二人の互いに掛ける言葉は親友に対するそれだった。
「あらあら〜、二人とも久しぶりに若返ったんじゃない〜?」
「リィス殿」
歌い終わったリィスがカウンターに座って二人を見る。
「そういえば剣十郎は昔からリィスには頭が上がらなかったな」
「どうもな」
「?」
ハテナを浮かべながらカウンター越しのマスターにウーロン茶を注文するリィス。
舞台をふと見ると既に違う町内の人間がスポットライトにあたりながら歌を歌っている。
すると、今まで笑いながらワインを飲んでいたエリクが急に真顔になって剣十郎の顔を見る。
「それより剣十郎。連邦を敵に回したってリィスから聞いたんだが」
「・・・間違いない」
「どうせ志狼クンを引き渡せとでも言われたんだろう?」
「その通りだ」
真顔で質問していたエリクがいつもの笑顔に戻ると剣十郎に向かって頭を下げる。
「感謝するよ。ありがとう」
「何のことだ。志狼を自分の手元に置いておくといっただけでエリクに感謝されることは一つもしていない」
「・・・まあ、そういうことにしておこうか」
クスクス笑いながらワインを口に含む。
「クロンが笑ってる姿が目に浮かぶよ」
「奴が連邦の委員になったのを知っていたのか」
「まあね。なにせ僕が発掘したデータは全て彼のところに届けることになっているから」
「なるほど」
「それより・・・気付いているかい?」
「ああ・・・どうやら、文字通り招かれざる客がいるようだな」
何事も無いかのように酒を飲みつつ剣十郎とエリクは回りに数人の殺気を感じ取る。
「どうやら連邦の特殊工作員のようだが」
「気付いていたのなら話は早い。ここにいる人間、全員手を上げろ」
ガシャガシャガシャガシャ!
客に混じっていた数人の工作員がこの場にいる人間全てに銃を向ける。
とても重そうな西洋の鎧を身に付けた人物が剣十郎の前に進み出る。
それなりに腕が立ちそうだ。恐らくこの人物がリーダーだろう。
「今日は町内会の貸切なんだがな」
「だまれ」
ジャキン
西洋の騎士が使うような巨大な両手剣『バスターソード』を剣十郎の眼前に突きつける。
「や、やめたほうがいいですよ〜!剣十郎さんにケンカを売るなんて〜〜」
リィスが必死にリーダー格の男を説得しにかかる。
「うっさい女だなあ」
ドガッ
突然リィスのとなりに細身の男が現れ、裏拳でリィスの頬を殴りつけカウンター席から吹き飛ばす。
「リィスッ!!」
カウンター席から落ちたリィスに駆け寄り、抱き起こす。
「大丈夫かリィス!?」
「・・・」
ぼ〜っとすること数秒。
「痛い〜」
うりゅんと涙目になるとエリクの胸に顔をうずめると泣き始める。
「痛かったね・・・」
やさしくリィスの頭をなでるエリク。
そんな光景から目を離すとリーダー格の男は剣十郎に向き直る。
「貴様のやっかいさは委員会の連中はいやというほど知っている。勝算のあるものをよこすに決まっているだろう」
「さっさと始末しちゃおうゼ、ローディのだんな」
「わかっているさティーマ」
ぷちん
ふと、『何かが切れる音』が聞こえる。
なにか・・・細い糸のようなものが切れる音。
かすかだったが、この場にいる人間はなぜか確実にその音を耳で拾うことが出来た。
「リィス・・・少し待っていてくれないか?すぐにかたずけて来るから」
ゆっくりと、エリクは立ち上がる。
ズボンのポケットに右手を突っ込み、左手の中指で眼鏡をクイと押し上げる。
その瞳は、眼鏡の輝きに邪魔されて伺うことは出来ない。
そして・・・
風が吹いていないのに、身に付けている白衣がユラユラと揺れ始める。
「剣十郎。あっちの細いほうは・・・僕にやらせてくれ」
「問題ない」
バキィッ!
頷きあうと剣十郎は傍らに置いてあった木刀を片手で持つとバスターソードを弾き飛ばす。
「何ッ!?」
そしてエリクはポケットから右手を出すと胸の前に腕を突き出す。
「風の障壁(Wind Barrier)」
そこにマイトが収束されていく。
「幻惑(Illusion)」
今度は左手を胸の前に突き出し、そこにもマイトが収束されていく。
パンッ!!
そして最後に胸の前で両手を合わせる。
「合体(Unite)!!」
右手と左手に収束していたマイトが一つに溶け合っていく。
そしてマイトが完全に溶け合うとエリクの両手から光があふれ、
この場にいる人間の視界が完全にふさがれる。
「や、野郎ッなにしやがった!?」
ティーマと呼ばれた細身の工作員が目を開けると
そこには見たことも無い野原が水平線のかなたまで続いている。
今の今まで酒場にいたはずなのに。
周りにはローディ、工作員、そして・・・
剣十郎とエリク。
他の人間の姿はどこにも無い。
「領域(Field)。僕が作り上げた仮想空間さ。ここではどれだけ暴れても店には被害は出ない。そして・・・君達はもう逃げることが出来ない」
「ざけんなッ!!狩りに来たのはこっちなんだよッ!!行けッてめえら!!」
バババババッ
数人の工作員がいっせいに剣十郎とエリクに飛び掛る。
ズババババンッ!!!
「終わった」
勝利を確信してにやりと笑うローディとティーマ。
「雑魚掃除がな」
「何ッ!?」
突然聞こえるはずの無い声が聞こえる。
倒したと思った男の声が。
ユラ・・・ドサドサドサドサ
工作員たちがゆっくりと、次々と倒れていく。
そして工作員たちが全員倒れると、そこには剣十郎とエリクが立っていた。
「どちらが狩る側かおしえてやる」
剣十郎は木刀の刀身から真剣を抜き放ち、ローディに刀の先を向ける。
ただの木刀だと思っていたら仕込刀だったらしい。
「この空間から抜け出す方法はただ一つだけ。僕を殺すことさ。まあ・・・君には無理だろうけど」
ティーマに向かってエリクは人差し指を上向きにチョイチョイと折る。
「野郎・・・!」
こめかみに青筋を浮かべながら懐からナイフを抜き放つティーマ。
ローディは不敵に笑うとバスターソードを構える。
「面白い・・・鬼神とまで謳われたその剣、見せてもらおう!」
両者が両者、自分の獲物に向かって飛び掛っていく。
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