吹く荒ぶ風が、その場を通り過ぎていく。
 そこは平野。人里は慣れた場所である為か、付近には人の気配は無い。
 そこに、二つの人影が直立していた。いや、正しくは人ではない。巨大過ぎた。それは人の姿を模した、ロボットであった。
 一方は青と白を基本とした小柄な機体で、胸部には青白い結晶体が淡い光を放っている。
 もう一方は、稲妻を連想させる金と緑を基本とした大柄な機体で、胸にはまるで相手を威嚇するように、獅子の顔が備えられていた。
 ゼータキャリバー、そしてヴォルライガー。それがそれぞれの名前だった。

『……やるしか、ねぇのかよ……』

 ヴォルライガーが、呟くように問い掛ける。

『……こうする以外にない』

 躊躇を見せながらも、ゼータキャリバーは答えた。
 しばしの沈黙。通り抜ける風が、まるで二人の心情を代返しているかのようだった。

『『ならば……っ!』』

 二人は、同時に剣を抜き放った。

 特別編 「世界を超えた出会い」

 御剣家道場。
 何かが炸裂した音。何かが激突した音。そしてほんの僅かなうめき声。
 日常と何ら変わりない騒音。そう、それはあまりに当たり前なことだった。

「さて、朝飯にするか」

 あっさりと告げたのは、厳しい顔つきをした男性。名を、御剣剣十郎(みつるぎ けんじゅうろう)。

「……うい〜っす」

 その返事は、いまや瓦礫と化した道場の壁から聞こえた。
 瓦礫を振り払うように、少年が立ち上がる。どこか剣十郎に似た面持ちだ。
 似ていても不思議は無い。彼はその息子、御剣志狼(みつるぎ しろう)だ。

「しっかし、毎回のように壁とか床とかぶっ壊れるけど、修理費ってどっから出るんだろうな……」

 ふと、思いついた疑問を呟く志狼。見下ろせば、自分が激突したことで生まれた瓦礫がいやでも目に留まる。
 つまりは毎日のように、父の技を受けては吹き飛ばされているのだ。その頑丈さは、並ではない。
 ちなみに、志狼が弱いわけでは決してない。むしろ、かなり強い部類に属するだろう。
 要するに、それを上回る剣十郎の実力が桁外れだ、と言うことである。

「うむ。まぁ主に、お前の小遣いからだな」

 呟きが聞こえたのだろう。剣十郎の答えが返る。

「なっ……!? 通りでここ最近減ってると……」

 あっさりと告げられた驚愕の事実に、志狼は衝撃を受けた。

「冗談だ……………………半分はな」

 剣十郎の、最後の呟くような一言を、志狼は聞き逃さなかった。

「半分って、」
「何か不満かね……?」

 瞬間。背筋に悪寒が走り、息が詰まる。
 肩越しに振り返った剣十郎の視線から、静かな、それでいて強烈な威圧感を感じる。
 動けない。額に汗が浮かぶ。視線を逸らすことも出来ない。
 視線を逸らした瞬間、命を落とすような気がする。それは流石に錯覚だろうが、
そうなってもおかしくない程の緊迫した雰囲気が、その場を包んでいる。
 しばしの膠着状態。そして。

「いえ、全く」

 折れた。志狼はそのまま、手にした木刀を壁に立てかける。
 剣十郎はと言うと、特に気にした様子もなく、居間へと歩み去っていった。
 勝てない。父の背中は、志狼に複雑な思いをよぎらせる。

「いつか必ず、越えてやる……!」

 しかし彼の導く答えは、いつも単純明快だった。

 朝食を終え、後片付けをし、洗濯物を干し終え、志狼は学校へ登校するために家を出た。
 途中、民家に立ち寄る。同じ学校に通う少女、エリス=ベルを迎えに行くためだ。
 彼女は家族や友人の間ではエリィと呼ばれているため、自分もそれに習っている。
 玄関前に立ち、とりあえず一呼吸吐いてから、ノックしようと、手をかざした。
 しかしその一瞬前、ドアが開く。中から顔を出したのは、眼鏡をかけた青年だった。
 その表現が不適切であることは、自分も重々承知している。
 しかし目の前の人物の外見と実際の年齢が全く結びつかないのだから、仕方がない。

「やあ、志狼クン……おはよう……」

 いつもはおっとりした表情なのだが、しかし今日に限って憔悴しきったような表情をしている。

「何かあったんスか……?」

 心配になり、思わず問う志狼。エリクは力なく笑った。

「ははは、いや、ちょっと手違いでね……局地的な台風に見舞われていたのさ……」

 その言い回しから、志狼は全てを理解した。

「……よく生きてられたっスね……」
「いやぁ……バナナの皮に命を助けれたのは、世界広しと言えど僕ぐらいなものじゃないかな……」

 志狼はなんとなく、いやはっきりとその情景が頭に浮かんだ。
 無理矢理思考を中断し、話題を変えて封殺した。

「あ、エリィを迎えに来たんですけど」
「ん、そうかい? じゃあ、今起こしてくるよ」

 その何気ない返答に、志狼は硬直した。迎えに来た時点でまだ寝ている、と言うことに関してではない。

(寝てたのか……? 台風が荒れ狂う家の中で、寝てたのかっ!?)

 明らかに表情にも浮かんでいたが、丁度その場には誰もいない。

「お待たせ〜。おはよう、志狼〜」

 寝ぼけているのか、間延びした声。玄関から顔を出したのは、金髪の少女。エリィだ。

「ところで志狼君、<知らぬが仏>ということわざを知っているかい?」

 その後ろから顔を出したエリクが、思いついたように問い掛けてくる。
 一瞬でその真意を悟った志狼は、即答した。

「今はっきりと理解しました」
「??? 何の話?」

 そして一人、取り残されるエリィ。

「いや、気にすんな。行くぞ」

 早々と話を切り上げて、志狼は歩き出した。エリィは慌てて、その後に続く。

 通学途中、志狼は聞き役に徹している。単に、自分から話すような話題がないからである。
 逆にエリィは、あれこれと話題を変えながら、笑顔を絶やすことはない。
 そんな時間は、嫌いではない。どこか安堵を覚えている自分に気付き、苦笑した。

(毎朝奥義を食らいながら過ごしてきた日常だからな……)

 こんな、ある意味当たり前の時間が、とても大切なもののように思える。おそらく、それは正しい。
 大切なものほど、日常の中にさも当然のように組み込まれているものだ。だからこそ失いやすい。
 それでも、自分は守りたいと思う。何を、と問われれば、何もかもと答えるだろう。
 欲張りな答えだが、事実だった。自分を取り巻く環境の何か一つでも欠けてしまえば、きっと己の無力さを悔やむだろうから。

(それに……俺にはその力がある。だからこそ、きっと守りきれると信じられる)

 無意識のうちに、手が腰の後ろへと伸びる。そこに収められた一本の短剣、ナイトブレード。
 唐突だが、自分に与えられた大いなる力。過去の大戦を終結させたという雷の勇者、ヴォルネス。
 だが強大であり過ぎるために、迂闊に使うことは出来ない。全ては、自分次第なのだ。

(下手したら、自分自身で全てを奪ってしまうかもしれない力。だからこそ、俺は未熟者であるわけには行かないんだ)

 そんな責任感も持っている。そして何より大切なのは、エリィの、

「シロー、シローってばっ!」
「へっ?」

 思考を中断し、声の方へと視線を移した。
 鼻先で触れるか触れないかの距離の向こうに、エリィの顔があった。一瞬、反応が遅れる。

「……うおっ!?」

 慌てて飛び退る志狼。頬が火照っているのがわかる。心成しか心音も上がっているようだ。

「もうっ! やっぱり聞いてなかったんだ!」

 エリィの方は何ともないらしい。何とも言えない奇妙な気持ちが、胸の内を過ぎる。
 それはさて置き、何を怒っているのか。問いかけようとして、気付いた。
 知らずの内に深く考え込んでいたのだろう。話を全く聞いていなかった。

「わ、悪ぃ。んで、何の話だっけか」

 慌てて謝罪し、聞き返す。エリィは仕方ない、と言った表情で言葉を返そうとした。

「だから、昨日の……」

 次の瞬間、志狼は背筋に悪寒が走るのを、はっきりと感じ取った。即座に行動に移す。
 すぐ身近にいるエリィを抱きかかえるようにして、大きく跳躍する。

「えっ? えっ? な、何?」

 突然の志狼の行動に、戸惑いを隠せないエリィ。志狼には、それを気にしている余裕がない。
 ほぼ同時、彼らのもといた空間が大きな破裂音とともに炸裂し、砕けたコンクリートが宙を舞った。
 それが銃撃であることに気付くには僅かな時間差が生じたが、逆に身体は反射的に反応し、
 エリィを背にするように立ち上がると、身を屈めて攻撃態勢を整える。
 腕は既に、腰の後ろにある唯一の武器、ナイトブレードに伸びている。視線を、先程の発砲音の方へ移した。
 数十メートル前方に、人影が見えた。左腕を突き出すような格好をしている。彼が襲撃者に間違いないだろう。
 随分と長い銀色の髪を首の後ろで無造作に束ね、丸い眼鏡の奥の赤い双眸が真っ直ぐにこちらを見ている。
 その身体は漆黒のマントに包まれており、突き出された手には大型の拳銃が握られていた。
 当然と言うべきか、見覚えはない。この距離でひしひしと感じられる殺気を考えれば、それが思い違いではないことがわかる。

「……誰だ、お前?」

 隙を見せないように注意しながら、志狼は訪ねる。男は、意外なほどにあっさりと答えた。

「俺は、ヴァルトシュヴァイン」
「ヴァルト、シュヴァイン?」

 聞かない名前だ。そう思うか否か。
 志狼の足元に、銃弾が炸裂した。驚く間もなく、彼は怒気を含めた声で言い放った。

「区切って呼ぶことは許さねぇ。俺は自分の名に誇りを持っている」

 どうやら、癇に障ったようだ。詳しい事情は全く飲み込めないが、とりあえず名前を区切ることは厳禁らしい。

「そうかよ。で、ヴァルトシュヴァイン……俺たちに何の用だ?」

 一方的に攻撃されたのでは、話し合いの余地はないが、現状は自分にとって圧倒的に不利だった。
 斬りかかるには距離が開きすぎているし、何より自分はエリィを背負う形で立っているのだ。これでは身動きが取れない。
 とりあえずは会話で時間を稼ぎ、相手の隙を伺う以外に無かった。

「お前たちに興味はねぇよ。自我を持つ遺産兵器を所持しているそうだな。そいつをよこしな」

 ヴォルネスのことを言っているのだろうか。

「……何のことだよ?」

 惚けてみる。が、それは無駄だったようだ。

「かつての戦争を<終結>させたと言われるブレイブナイツのリーダー、ヴォルネス。だったなぁ」

 内心で舌打ちしながら、ナイトブレードを掴んで引き抜く志狼。

「こいつは、そんなに単純なものじゃないぜ」
「知ってるさ。ただの兵器が、どれほど高性能とはいえ戦争をとめられるわけねぇしな」

 あっさりと同意するヴァルトシュヴァイン。志狼は内心動揺していた。

(こいつは……どこまで知ってるんだ……!?)

 そんな思いなど知る由もなく、彼は話題を変えた。

「まぁ、そんなことはどうでもいい。俺にとって重要なのは、お前に渡す気があるか否か、それだけだ」
「……嫌だ、と言ったら?」

 答えは知れていた。

「後ろの女共々、あの世とやらに送ることになるな。ま、俺としてはそっちの方が手っ取り早いんだが」

 案の定。しかも淡々とした物言いが、返って現実感を引き出していた。

「……なら、俺の答えはこうだ」

 告げるのと、行動に移すのは、ほぼ同時。ナイトブレードを順手に持ち替えながら、刀身を伸ばす。
 ヴァルトシュヴァインの拳銃が吼え、しかしその弾丸は志狼の一閃で両断された。

「ほう……弾丸を全て斬りおとすつもりか?」

 嘲るような、挑発の声。志狼は笑みを浮かべながら答える。

「その必要はないさ。お目覚めの時間だぜ、ヴォルネスっ!」

<了解っ!>

 掲げられた剣から、力強い返事が返る。
 次の瞬間、天空に向けて光が打ち上げられ、晴天であった空に暗雲が立ち込めた。
 天から一直線に落ちる稲妻。それは地面への接触と同時、帯電現象を続けながら次第に縮まっていく。
 やがて、そのエネルギー体は十メートル程度の人の姿をとり始める。
 そのシルエットは確立し、エネルギーが拡散していった。
 その表情は、騎士の甲冑を思わせるバイザーに覆われ、定かではない。
 そしてその全身さえも、年代ものと見受けられる古ぼけたマントに包まれていて不明だが、
 その隙間から、僅かに鋼鉄の身体が垣間見える。
 静かだが、とてつもない威厳と威圧感を纏うもの。雷の勇者ヴォルネスが、降臨した。

「くっくっくっ……これがヴォルネスか……はははっ……」

 その様子を眺めていたヴァルトシュヴァインが、肩を震わせながら笑っている。
 どこか不気味さを感じさせる彼の様子を、志狼は呆然と眺めていた。

「ははははは……そうだ、そうこなくちゃぁな!」

 言うが早いか、右腕を振り上げた。叫ぶ。

「来いっ! ヴァルトォォォスッ!」

 パチン、と指を鳴らした。すると、わき道の雑木林を掻き分け、何か巨大なものが飛び出した。
 ヴァルトシュヴァインの背後に着地したそれが、日光に照らされてその全貌を現した。
 黒い甲冑を纏ったような、白い巨体。額には白金のトサカが輝き、背後には二基のブースターを背負っている。
 右手には縦長で六角形の盾を、左手には身長の半分ほどの大きさのライフルを、それそれ装備していた。
 体格はヴォルネスより大きく、身長十五メートルと言ったところか。両の瞳には今、光が宿ってはいない。

「遺産兵器か……っ!」

 ある程度予測していたことではあるが、流石に驚いた。しかし、それも一瞬のこと。

<志狼!>

 ヴォルネスの呼びかけに、その真意を理解し、志狼は頷いて見せた。ヴォルネスの前に立ち、剣を掲げ、叫ぶ。

「剣よ、我を戦いの力へ導け!」

 次の瞬間、ヴォルネスのマント、を形成していた自己修復用ナノマシンの残骸が、風に晒されて崩れていく。
 その下から、鋼鉄の甲冑が姿を現した。
 ヴォルネス頭部の結晶体から赤い光が伸び、志狼を包み込むと、そのまま彼の身体を引き込んでいった。
 ヴォルネスの中へと入った志狼は、意識をシンクロさせ、ヴォルネスと一体となる。
 両の瞳が輝き、表情を隠していたバイザーが上がると、人の顔を模したヴォルネスの素顔が現れた。

『エリィ! 下がってろ!』

 右足側面から飛び出した剣の柄を掴みながら、背後にいるはずのエリィに向けて叫ぶ志狼。

「うん、頑張ってね、シロー!」

 元気の良い返事とともに、駆け足の音が耳に入る。ひとまずは戦いに集中できそうだ。

『随分と余裕だな。女の心配をするとは』

 既に乗り込んでいるのだろう。声は、ヴァルトスのスピーカを通して響き渡った。

『俺にとっては、それが一番大切なんだよ!』

 ヴァルトシュヴァインの挑発とも取れる言葉に、志狼は敢えて乗った。右腕に精神を集中させる。
 自分に、生まれながらに備わっていた力。かつては操ることはおろか、顕現することさえ出来なかった精神の結晶。その名はマイト。
 その起源については、自分の知るところではない。
 しかし今重要なことは、その力が戦うために、そして守り抜くために、絶対に必要なものであると言うことだ。
 自分に宿る力は、雷。血筋なのか、性格によるものなのか。或いはその両方なのだろう。
 その雷を、今刃に変える。心をそのまま具現化したような、光の剣が手の中に現れた。
 これこそが、ヴォルネスの唯一にして最大の武器、ナイトブレードだ。

『守るために戦う……それが、俺の剣を振るう理由だっ!』

 大地を蹴り、一足飛びで斬りかかる志狼。しかしその一撃は、ヴァルトスの盾に受け止められた。
 志狼は、その盾越しにヴァルトスを切り裂くつもりだったが、接触の瞬間に凄まじい反発力が生じ、弾き飛ばされてしまった。

『ぐおっ!?』

 危うく転倒しそうなところを、何とか持ち応える。

<志狼! 大丈夫か?>
『ああ……しかし、厄介な盾を持ってるな……』

 ヴォルネスの気遣いに頷いて見せながら、視線はヴァルトスから離していない。
 どうやら、受けた衝撃に対して生じる反発力を増幅させる、特殊な兵器のようだ。

『お前の意志を否定するつもりはないが、それだけで勝てるほど、この世は単純な代物じゃない』

 言うが早いか、盾の裏側にライフルを納め、左肩の突起に手を掛けながら突進してくるヴァルトス。
 その行動に習い、志狼も剣を振り被って大地を蹴った。
 ヴァルトスが引き抜いた突起から、青白い光が伸びる。プラズマソードだ。
 通常の剣ならば、交差した瞬間に切断されてしまうだろう。しかしマイトによって形成される刃は、そうは行かない。
 火花を散らしながら交差する二本の剣。そして、一歩も譲らないヴォルネスとヴァルトス。

『剣なら負けねぇっ!』
『だろうな』

 と、あっさりと力を抜くヴァルトス。志狼は咄嗟のことで判断が遅れ、バランスを崩してしまう。
 その隙を見計らい、振り上げられた左足がヴォルネスの腹部に突き刺さり、そのまま蹴り上げられた。

『だが、戦いは俺の方が上手のようだ……!』
<ぐはっ……!?>

 たまらず悲痛の呻きを漏らし、地面に叩きつけられるヴォルネス。
 二人の感覚が共有されているため、志狼も同じ苦痛を味わっている。

『装備が良いだけじゃない……こいつ……強ぇっ!』

 腹部を押さえながら上体を起こし、
 動作に隙がない。いや、場慣れしていると言うべきか。それに加え、装備も充実しているのだ。
 しかし、だからと言ってここで引く理由にはならない。むしろこれは、乗り越えるべき壁だから。
 志狼は飛び起きると、剣を構えた。その姿勢に、迷いは見えない。しかし、苦痛で表情が歪むのは隠しきれなかった。

『強がるだけじゃ、俺には勝てんぜ』
『諦めるより百倍マシだ』

 志狼は言葉を返し、そのまま仕掛けた。
 再び真正面から、一気に距離を詰めて斬りかかる。

『馬鹿の一つ覚えか!』

 嘲るようなヴァルトシュヴァインの言葉に、しかし志狼は構わずに剣を振るう。

『御剣流、<電光石火>――!』

 次の瞬間、ヴォルネスは更に加速した。盾を構えたヴァルトスがその動きに対応できなくなる速度まで。
 全身を連動させた一撃必殺の斬撃の、その全てが急所を外すことはない。
 ヴァルトスは後退して速度を相殺しながら攻撃を受け流そうと試みた。それが、志狼の狙いだ。
 刃の激突によって生じる反発力さえも利用して、瞬き一つすら隙となり得るほどの連撃を繰り出していく。

『守ってばかりじゃ、俺には勝てないぜ!』

 先程のお返しとばかりに言い放つと同時、繰り出された一閃が盾をすり抜け、腹部の装甲を切り裂いた。

『ぐっ……!?』

 ヴァルトシュヴァインの口から、僅かな呻きが漏れる。しかし浅い。
 機体は大きく後方に跳躍して距離を置くと、剣を収めて盾の裏から再びライフルを抜き放った。
 照準に費やす時間は一瞬。だがそれは、志狼が斬り込むには十分な時間だ。
 発砲。炸裂音とともに飛び出した銃弾が、ヴォルネスを目掛けて飛来する。しかし、志狼は既に弾道を見切っていた。
 突進と同時に、身体を僅かに傾ける。頬のすぐ横を、銃弾が通り過ぎた。
 距離を詰め、そのまま繰り出される横一閃。状況から、仕方なく左腕を突き出していたヴァルトスは、盾を構えられない。

『ちっ!』

 舌打ちし、跳躍しつつ、ライフルを投げつけるヴァルトス。志狼は余裕を持ってそれを切り払う。
 上空へ逃げたヴァルトスを追って、ヴォルネスも跳躍する。返す剣で腹部を狙った。

『もらったっ!』

 避けられるタイミングではない。勝利を確信する志狼。

『舐めるなぁっ!』

 しかし、ヴァルトスの背面のブースターが稼動し、その身体を更に上空へと押し上げた。ヴォルネスの剣は空を切る。

『何っ……と、飛んだ!?』

 転倒しかけた体制を無理矢理立て直しながら、志狼はヴァルトスを見上げていた。
 ヴァルトスは背面のブースターにより、滞空しているのだ。

『ちっ……予想以上にやりやがる……』

 舌打ちし、彼は盾の裏からライフルを取り出した。
 とはいえ全く同型のものではなく、折り畳まれていた砲身を立ち上げると、ショットガンの形状になった。

『こいつを使うしかないか』

 呟きながらも銃口はヴォルネスに定められ、自然体のまま引き金は引かれた。
 金属の悲鳴と豪快な炸裂音を伴い、砲弾が音速で飛来する。
 しかし銃口の角度から、既に弾道を見切っていた志狼は、剣を振るって弾丸を切り裂いた。
 次の瞬間、閃光と轟音と衝撃が一度に巻き起こり、ヴォルネスの全身を包み込んだ。

<ぐあぁぁぁっ!>

 抗えるはずもなく、爆風に煽られて宙を舞うと、そのまま背中から地面に叩きつけられた。剣を手放さなかったのは、奇跡に近い。

『こいつはインパクトライフル。接触と同時に周囲一帯を焼き払う特殊な弾丸を撃ち出すものだ。

 範囲は抑えてあるが、そんなものをぶった切ろうもんなら、普通なら木っ端微塵だぜ』
 ゆっくりと地上に降り立つヴァルトス。
 ヴァルトシュヴァインの説明を聞き入れる余裕は、志狼にもヴォルネスにもありはしなかった。
 直撃こそしなかったものの、被害は大きい。胸部の鎧に至っては、ひび割れが生じてしまっている。
 リンクが途切れていないことから、破損状況自体は深刻なものではないようだ。
 しかし逆に、それは志狼へのダメージが半端なものではないことも意味している。

『くっ……ヴォルネス、大丈夫なのか……!?』

 それでも自分の痛みを堪え、ヴォルネスを気遣う志狼。

<あ、ああ……しかし、ダメージは大きい……このままでは……っ!>

 答えるヴォルネスの声は、明らかに苦痛の感情を含んでいた。
 それでも何とか立ち上がろうとするが、思うように腕に力が入らない

『大した強度だぜ……だがその程度なら、自己修復できるんだろ?』

 歩み寄りながら、ヴァルトシュヴァインは呆れたような口調で告げる。

『ブレイブナイツってのは、乗り手と感覚を共有するらしいが、そのダメージでよく死ななかったな』
『へっ……そこらの奴とは、鍛え方が違うんだよ……!』

 なおも虚勢を張る志狼に、ヴァルトシュヴァインは笑みを零し、そして高らかに笑い出した。

『ハハハハハッ! そういうところは親父譲りか……全く、息子ってのは妙なところで親に似るもんだよな』

 その言葉に、志狼は愕然となる。

『……親父を知ってんのか!?』
『おいおい、裏の世界で御剣剣十郎を知らない奴はいないぜ? ま、そんなこと息子に話す奴でもねぇか……クククッ』

 ヴァルトスのライフルは、自然体のままヴォルネスに向けられる。

『ま、お喋りはここまでだ。詳しく聞きたけりゃ、あの世にいるお袋さんにでも聞くんだな』

 剣十郎が話題に上がったことで呆然としていた志狼は、ここで我に返った。

『なっ……ヴォルネス!?』
<い、いかん、もう一度あの攻撃を受けたら、装甲が持たない……!>

 何とか上半身を起こしたものの、立ち上がるより相手が引き金を引くほうが遥かに早い。
 そして地面を転がって避けようにも、インパクトライフルの拡散攻撃からは逃げられない。

『どうせ残骸を持っていくだけでも、仕事を遂行したことにはなる……ん?』

 ふと、そこで上空を見上げるヴァルトス。不思議に思い、ヴォルネス、志狼も視線を追う。
 上空。それは晴天の空だが、その一部分が今、歪んでいた。
 最初は僅かに揺らぐ程度だったが、やがて混沌とした渦となり。
 そして、空が割れた。

『な……何だありゃ……!?』
<わからない。ただ、空間が捻じ曲がっているようだ……む、何かが来る!>

 ヴォルネスの言葉が終わらぬうちに、それは姿を表した。
 機影は二つ。戦闘機のようだが、片方は一回り大きい。カラーリングは共に青に白のラインで、大型の方は翼が赤い。

『な、何これ……どうなってるの!?』

 小さいほうの戦闘機から、少女のものらしき声が響いた。

『わかりません。しかしどうやら、この区域は戦闘中のようですね』

 大型の方からは、青年の声が響いた。
 言葉から察するに、ヴァルトスとヴォルネスの存在には気付いているようだ。

『……というか、かおるさん。どうしてZスタビライザーに乗っているんです?』
『え? そ、それは……だって気になったんだもん』

 青年の言葉に、少女は開き直って答えた。

『……ありゃあ、新種の漫才か?』
<いや、流石にそれはないと思うが>

 呆れ返った志狼の言葉に、真面目に答えを返すヴォルネス。

『何なんだお前らは!』

 と、ヴァルトシュヴァインが激昂した。同時に、インパクトライフルを大型機に向けた。
 躊躇わず発砲。しかし銃弾はあっさりと回避されてしまった。

『避けられたっ!?』
『いきなり発砲するとは……どのみち、この場を見過ごすわけには行かない!』

 大型戦闘機の青年はそう言うと、急降下を始めた。

『トランスフォーム!』

 掛け声と共に、戦闘機は変形を開始した。。
 本体下部にある両腕が左右に開き、胴体側部に接続される。
 巡航形態時の操縦席は本体下部に折り畳まれ、本体上部の下半身が前に倒れる。
 更に上下反転し、後半部がスライドして左右に分かれ、つま先が出現した。
 左右安定翼が肩飾りに。両腕と頭部が出現する。
 本体のカメラアイに光が灯り、両の拳を打ち合わせた。

『キャリバアァァァッ!』

 胸部に煌くのは、剣の紋章。勇者機兵キャリバーが今、その姿を現した。

『へ、変形した……! ヴォルネス、あれもブレイブナイツなのか!?』
<いや、私の中にあの機体のデータは存在しない。別シリーズの遺産か、あるいは……>

 ヴォルネスの言葉は、そこで区切られた。

『ちっ……邪魔するならお前からぶっ壊す!』
『先に発砲したのはお前の方だろう!』

 ヴァルトスとキャリバーは、同時に戦闘体勢に入った。
 ヴァルトスのインパクトライフルが、素早く狙いを定める。
 対するキャリバーは、僅かに身体を傾けながら右足側面をスライドさせ、拳銃を引き抜いていた。

『プラズマショット!』

 ヴァルトスの弾丸は空を切り、拳銃から発射された光弾が、インパクトライフルを叩き落した。

『俺より構えるのが早い上に、何て精度で撃って来やがる……!?』

 舌打ちし、背中からプラズマソードを引き抜いた。

『剣か、ならばこちらも。クリスソード!』

 拳銃をホルスターに収めながら突進し、腰から剣の柄を引き抜くと、そのまま青白い刃を顕現させた。
 ヴァルトスも飛び出した。剣を振り被り、交差する。
 しかしそれも一瞬のこと。キャリバーはあっさり身を引き、斬撃を受け流す。ヴァルトスは体制を崩した。
 奇しくもそれは、先ほどヴァルトシュヴァインが志狼にやって見せた技だった。

『野郎っ……!?』
『はぁっ!』

 その隙を、キャリバーは逃さない。一歩踏み込み、振るう刃でヴァルトスの左腕を斬りおとしていた。
 更に繰り出される一閃は、しかしヴァルトスの盾に弾かれ、大きく間合いが開いた。

『ちっ、予定が狂った……キャリバーとか言ったな。この左腕の借りは必ず返す!』

 言い捨て、跳躍すると、そのまま背を向けて最大全速まで加速し、飛び去っていった。
 こうした思い切りの良さは流石と言ったところか。しかし事態に流されていた志狼は、納得できずに思わず叫んでいた。

『って、おい! 待ちやがれ!』
<待ったところで、今の我々にはどうすることもできん>

 ヴォルネスの意見はあまりにも正しかったため、憮然とした表情のまま押し黙る。

『正人さん、追わないの?』

 小型戦闘機が、ヴォルネスの目前に下りてくる。キャリバーも、すぐ傍まで歩み寄って来た。

『私たちは戦うためにここに来た訳ではありませんからね。それに、怪我人を放ってはおけません』
『待て、怪我人って、俺はそんなに……痛ぅっ』

 身を乗り出して否定しようとして、全身の痛みに顔をしかめる志狼。

「ちょっとシロー、大丈夫なの?」

 戦いが終わったのを確認したのか、エリィがヴォルネスに駆け寄ってきた。
 ヴォルネスの頭部から赤い光が地面に伸び、志狼が外界へと降ろされた。
 志狼は肩で息をしながらも、無理矢理呼吸を整えてゆっくりと立ち上がった。
 ふらつく足元をナイトブレードで支えながら、エリィを心配させまいと作り笑いを浮かべた。
 しかし、それは返ってエリィの心配を深めることになったようだが。

「格好いいなぁ……あ、でも怪我してるみたい。大丈夫かなぁ」

 少女の声。いつの間にか、ヴォルネスの足元に、黒髪の少女が立っていた。

<心配要らない。この程度ならば、じきに修復するだろう>

「へぇ、そうなんだ。よかった〜」

 普通に会話をしている二人を、自然に受け入れてしまう志狼とエリィ。そしてヴォルネス。
 しかし、普通なはずはない。ヴォルネスは巨大ロボットなのだ。

<……私が言葉を話すことに、驚かないのか?>
「え? あ、そっか。こういう場面では驚くものだよね」

 ヴォルネスの疑問を意外なほど素直に受け入れ、少女は一人納得していた。

「何だか、話が噛み合っていないようですが……」

 そこへ、もう一人の声が割り込む。キャリバーから発せられていた、青年のものだ。
 その場の全員の視線が、声の方へと向けられる。
 キャリバーから飛び降りたのは、青い髪の青年だった。志狼と同年代の外観で、彼は少女のもとへ歩み寄りながら告げた。

「まずはお互いに身分を明かして、話はそれから、ということにしませんか?」
「あ、そうだよね。じゃ、まずは私から!」

 青年の提案を受け入れ、早速行動に移す少女。姿勢を正し、自分を指し示しながら告げる。

「私の名前は、法崎かおる。星間警備組織、勇者機兵隊の臨時構成員よ」
「……勇者機兵隊以外の肩書きはありませんので」

 青年が訂正し、少女、かおるが憮然とした表情になるが、それには気付かなかったようだ。

「そして私は、神条正人。勇者機兵隊の隊長を務めています」

 青年、正人は自分を指し示し、そして一礼をした。

 これが二人の勇者の、世界を越えた初めての出会いだった。





 続く




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